こんばんは、玲良です。^ ^
最近友達と会って話したり、SNSでのツイートをみたりした時によく言うんです。「私って変なんです」「よく変わってるって言われるんです」そんな言葉を。
そういってる時の顔を見ていると悲しそうな感じの表情をするんですね、皆んな共通して。
でも待ってください!僕は変わっているからといってそこまで落ち込まないでほしいなというのが自分の意見です。
だって変わっているって、言い方を変えると立派な”個性”でしょ?
個性的というのは素敵な「その人にしか持っていない特長」な訳で。その人って、どんな人?って聞かれたときに、「普通の人だよ」と答えるよりも「変わった人だよ(笑)」と答える方が印象も付きやすいし、面白いや楽しいというわくわくした気持ちも含まれていると思います。
僕の友達にも変わっている人はいますが、返ってくる言葉はいつも意外で楽しいと思わせてくれる人や、むしろ少し尊敬の気持ちを抱く人もいます。
そんな人たちには共通して「もっと話したい」と思わせてくれます。
「悪い」と思うべきなのは人に迷惑をかけたり困らせる人だけで良いんじゃないでしょうか?
「あの人変わっているから近づくのをやめよう」なんて人は、その人に他人を受け入れる包容力が狭いだけだと思うし、時代を切り開いた会社の社長なんて変人だらけです(笑)
少数派がなぜ悪いと考えるのかは、まだ日本が「普通」というものに拘っているせいだと思います。「普通はこうでしょ?」とかいう人がいますが、だから何なんでしょう?
世界的に見ても、日本ほど"個性"を尊重しない国はないです。
普通は確かに安全な道ですが、その人らしさ=個性を無くす道でもあります。
大多数の意見が必ずしも正しい意見なのでしょうか?
僕はその考えは間違っていると思います。映画でもヒーローはいつも少数派で、悪は多数派です。
そうすると、そんな特長のある人や個性的な人がなんで「=悪い」となるなんておかしいと思いませんか?
僕が自分の変わった部分を言うときは、「自分にしかない個性的な特長だぜ」って気持ちを持ちながら言います(笑)。(^ ^)
人に迷惑をかけずに、変わってる人ならば、それはもう立派な「誰にも持っていない個性」なんですよ!悲観する必要なんてありません!堂々と生きていいんです。