ポツリ…ポツリ

雨が降り出した

濡れたくないので傘をさす私

傘をさしている人はほとんどいない

私だけさしてる

まだささない、まださしてない

しばらく行くとひとり、そしてまたひとり

「雨降ってますよね?」「ですよね」

今は雨が降ってることに気づいた人だけが傘をさす

これがもっと激しくならないと傘をさそうとはしない

でも…

それでもいつかみんなさすようになる

様々な彩とりどりの傘があふれる

そんなことを思った帰り道

今日はお休みのため、都内でショッピングを少し楽しみました。今日からセールのところも多く30%引きなどの赤い札が街をにぎわせていました。


最近は服を買っていなくてほんと久しぶりだったんだけど、そこで考えたことがありました。


引っ越すときに大量の服も処分したのですが、その量が多かったこと。ほとんど着ていないのに処分したくなる服の数々。


どうしてこうなるの?


最近、服を試着するとかなりの高い割合でその服を購入するという日本人女性のデータが出ていて、私も例に違わず、例えば店員さんと仲よくなっちゃったりすると、多少のことは目をつぶって購入してしまう。


その背景には、この楽しかった(数十分の出会いですが)時間をいいものに終わらせたい。断ったら店員さんかわいそうだよなぁ、あれにもきっと合うし、こうアレンジしたら大丈夫かもしれないと、一生懸命試着室から出る前の数分で考えをめぐらせる(笑)


これは、断るということへのマイナスイメージや申し訳なさがあるように思います。


もちろんどうしても似合わないとなったら断ることはします。でも断らず買うことも多い。それが結局着ないという結果を生み出す。


いずれにしても嫌われるかもしれないという恐れ、そんなとこからきていたのかなぁと。


そういえば、お店の人ってあたりまえだけどおしゃれですよね。それが自分よりも上という意識を生み出し、そんな上の人々と楽しい時間を過ごせた、だからそれは充実した時間を過ごせたことへの評価であり、と同時に過去の自分に、それって錯覚だよなぁ、脳の奴隷になってるよなぁ、人間上も下もないよなぁと言ってあげたくなりました。


これって無意識だから、ここまで意識化するのって大変。


おそらくこれは私だけじゃなくて多くの人が持っているものだと思います。この服のことだけじゃなくても、人を見た目やステイタスで判断する。上だ下だと差をつけて比較する。


人間こればかりやってては、平和な世の中はやってこない。


ってな感じで考えてた今日の午後でした得意げ



最近のマイブームは日本人はどうしてこうなったのか?だ。

大人数の前での発言を躊躇する。
周りに同調する。
見て見ぬふり
事なかれ主義
突飛な発言をしないなどなど…。

ここに集団的な意思が働いている。
戦後の教育で骨抜きにされたという話もある。それもあるかもしれないが、昔から日本は島国のせいか、集団から外れることを犯すと島流しにあうとか、村八分にされるとか、死と隣り合わせに感じることが不安になり、それが広まって集団心理となっていると思われる。

他と合わせることの安心感、その中で成り立つなあなあな関係。それは私たち多くの人が培ってきたものだけど、世界を変えるとなったときそれでは太刀打ちできない。そう、日本人には変化をリードする力を持っているからね。

突破できる力を人間関係を通してトレーニングしていきたい。

最近のブームはそれ!