産後初めてNICUにいる赤ちゃんに会いに行ったのは翌日。
看護師さんに車椅子を押してもらいながら向かった。
NICUにはいる前に、徹底した手洗いと、マスクの着用。
帽子やガウンなどは、意外にも必要無かった。(着用必須な赤ちゃんもいる)
そして、初めて自分の赤ちゃんの姿をしっかり見た。
思っていたよりも、とても小さかった。
口には呼吸器。
たくさんの点滴。
サチュレーションを測る為の機械。
保育器の周りにはたくさんのモニターが設置してあり、常時、ベルの音が聞こえていた。
真冬ということもあり、NICUの中はとても暖かい。
暖かいから頭がボーっとする。
血圧が高いから余計に。
主治医たちが赤ちゃんの状況を話してくださるも、なかなか頭に入って来ない。
全部右から左。
夫も一緒にいたので、話は夫に任せて、わたしは保育器の中の赤ちゃんをただただ見ていた。
わたしが入院している間は、何回かNICUに脚を運んだけど、何故もっと行かなかったのか??と後悔する。
もちろん、病室で搾乳をしたり、看護師が血圧を計りに来たり、なんやかんやすることはあったし、そういえば血圧が高い故に行動に制限されていた時もあったからか??
入院中にNICUに行った記憶が数える程しか無いので、わたしは子供のことを愛してないのか、とも取れてしまう。
(いやそんなことは絶対無いんだけど。)
わたしが面会している時以外のほとんどの時間での出来事は、担当看護師さんがパパやママに対してのノートに状態を書き留めておいてくれる。
『おはなしのーと』という。
パパママは赤ちゃんに語りかけるように、のーとに書く。
交換日記みたいなもの。
不安なことや疑問も書いて、看護師がそらに答えてくれる。
看護師が撮った赤ちゃんの写真も貼ってくれた。
毎日面会に来れたわけではないので、わたしと夫はこれが楽しみだった。
生後5日くらいで呼吸器を外したが、やはり週数の未熟さから、呼吸を止めてしまうことがよくあった。
なので、今度は、鼻から酸素を肺まで届けてくれる呼吸器を付けることになった。
そしてその呼吸器を固定する為の帽子も被る。
また身体が不自由になる。
それでも赤ちゃんは必死に動いてた。
幸い、少量ずつでも母乳は出てるので、赤ちゃんに毎日絶やさずに飲ませることが出来た。
飲み込む力など勿論無い。
胃に直接母乳が届くように、口から胃まで細い管を通していた。
出生は1225gあった体重も、生理的減少により、1100g台にまで減ってしまい、そこからなかなか増えなかった。
難しいことはわたしには分からなかったので、とりあえず体重が一番分かりやすい成長の証になった。
面会に行く度に夫から「今日は何gだった?!」とよく聞かれたっけ。
28週で生まれたので、目もきちんと育っているか分からなかった。
未熟児網膜症の危険もあり、眼科医による目の検査も行った。
とりあえず第一段階としてはクリアした。
どれだけ困難で、そして大掛かりで辛い検査なのかも、この時は全く知る由もなかった。
(勿論どうでもいいわけではない。そんなわけない。)
2012年1月は、自分の血圧もまだ下がり切っておらず、病院も遠い為、2~3日に1回しか面会には行かなかった。
そしてその度に看護師に、「次いつ来られますか?!」と聞かれた。
何でこんなこと聞くのだろうと思ったけど、全然会いに来ない親もいるんだな…と密かに思った。
大丈夫、わたしは見捨てたりなんかしない。
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