お久しぶりな更新になってしまいました。
5月30日の本日は沖田さんの命日。
というのを、つい最近グルっぽで知りました。
沖田さん推し失格です。すいませんw
でも、これは何としてもイラスト描きたい。弔いたい。
と思いまして懸命に描きました。
アナログで塗ろうと思ったんですが…失敗。
あたし、向いてないね。色塗り。嫌い…嫌いじゃー!くそーくやしい。
おっと、そんなことが描きたいのではない。
今回は、武士(おとこ)の部分の沖田さんが描きたかった。
命日ということで…
やはり沖田さんと言えば剣ですから。
向かい風も恐れず手のなる方へ
今 雨が降って いつか川になって
何事も恐れず俺を待つ方へ行く
song by ケツメイシ 流れ
歌詞抜粋させていただきました。
私の独断と偏見による武士の部分の沖田ソングであります。
切ない感じもあり、
かっこ良さもある良い曲です。
歌詞も、運命を受け止めながらも信念を貫いて生きている沖田さんにぴったりな気がしています。
短い生涯をひたすら武士として走りぬけた沖田さんっぽいかな~と。
よかったら聴いてみてくださいませませ![]()
イラストですが
艶がを始めてからすぐ描いた沖田さんがあって
うわー。ひどいww
実はこれ。途中で断念したイラストなんです
構図は好きだったから中途半端なのに悔いが残ってました。
てなわけでリベンジ絵を命日に向けていそいそと描いた訳です。
今から、144年前、沖田さんはどんな気持ちでなくなったんだろう。
この記事のタイトル
動かねば 闇にへだつや 花と水
これは、沖田さんの辞世の句と言われてるらしいです。
沖田さんの事いろいろ調べてて知った。
ただ、本当にこれが沖田さんが詠んだ句かどうかは定かじゃないらしいですけど。
そうであってほしいかなーと思います。
その理由は、この句が土方さんが詠んだ
さしむかう 心は清き 水鏡
という句への返歌という説があるから。
詩とか全くわかんなくて色々調べましたw
土方さんの句の意味は
さしむかう相手の誠の心はまるで水鏡に写したように自分と同じ理想を宿していてとても清らかである。
みたいな意味らしく、その相手が近藤さんや沖田さんの事という解釈らしいです。
一方、沖田さんの句の意味は
戦っていなければ花と水は遠く隔たってしまうでしょう
これは、花を沖田さん、水を土方さんと解釈しているそうです。
死を恐れている句ではなく、土方さんとの別れを惜しんで詠んだ句ということです。
病気で戦えない自分をもどかしく思っていただろうな。
病床でも、彼は新撰組の事を片時も忘れたことはなかっただろうな。
戦場にはいけなくても心は一緒に戦っていただろうな。
旧暦では5月30日だけど、新暦では7月19日になくなってる沖田さん。
夏の暑い日に生まれ、夏の暑い日になくなったのですね。
なんだか夏が特別な季節に思えてきました!
たった140年前には本当に剣を振るう武士たちが沢山いたんですよね。
今では考えられない。
不思議。
でも140年の時を越えても私たち現代の人は武士に、
武士のおとこらしい部分にとても惹かれているなと、
やっぱ日本人っていいな。
とかおもう今日このごろでございやした。
大刀を損じれば小刀を抜きなさい。
小刀を損じれば鞘で、鞘を損じれば素手でも戦いなさい。
戦場では誰も待ってはくれないのですよ
沖田さんの名言です。
かっこいいなぁ。。。

