2024年 9月25 日(水
31になって、3児の母になって、
すごく心が強くなったと思う。
多感ですぐ傷がついて泣いていた。そんな昔の自分は小さく小さくなって、胸の奥にうずくまっていて、その周りを分厚い鉄の壁で覆ってるような、そんな強さ。
痛みを感じたり、傷つくのはこわいのだけれど、鉄の壁が防いでくれて、小さな泣き虫な私は守られている。
夫に、ビジュが悪いと言われた。
もちろん、自分のビジュは自分で分かってる。
美女と言われた事はない。爆モテした過去もない。街を歩けば、ひっきりなしに声をかけられることも、ラウンジやキャバにスカウトされたことだってない。
でも、普通に生きてきた。恋もして3人とご縁があってお付き合いして、22で結婚した。そんな、普通を送れたという、ちっぽけなプライドがあって、ビジュが悪いと言われて腹が立った。
昔の私であれば、泣いていたと思う。
深く、深く傷がついて、もう別れたいとか、ブスな自分を心底嫌になったと思う。
でも、強くなった。鉄の壁は傷すらついてないかもしれない。
なんで、夫にビジュ悪いとか言われなきゃいけないんだ、という怒り。
私の尊厳を傷つける人と生活を共にする事に価値はあるのか、という疑問。
それっぽっちで腹を立て、離婚が頭をよぎる浅はかな自分。子供がいるのに、自分勝手な自分に対する怒り。
頭の中はこんな感じ。
不快であった、何故そんなこと言われなきゃいけないのか?と話を切り出すか、流すかまよった。
でも、いま確かに胸の中には怒りがあって、モヤモヤしていて、だから話して昇華しようと思った。夫が発端の会話でいつまでも心乱される理不尽さに耐えれなかった。
昔の私だったら、泣きながら、ビジュが悪いと言わないでほしいとメソメソ話してた。確実にだ。
今の私は涙なんか出る気配なかった。
パワハラやモラハラもびっくりの態度で夫に抗議した。
なんで、ビジュが悪いとか言われなきゃいけないの?うざい。と冷たく言い放った。
そして、まごまご言い訳する夫に、どうでもいい。ただ、ウザかっただけだから、次は辞めてと、それだけ伝えた。
ぼそっとごめん、気を付けると言った夫は、しばらく物言いたげに私を見つめて立っていた。昔は、言い過ぎたかな?とか、悪かったなと思っただろうけど、今では立っていられることにも苛ついた。
自分が悪くない、不満があるから、まだそこに立ってるの?とキツく質問した。
そういうわけじゃない。と夫は座った。
私は私自身の変化が少し怖かった。
もっと、感性豊かで、相手の機嫌に敏感で動揺してた私はまったく出てこない。
分厚い鉄の壁がただ、不快なことを跳ね除ける。
膝を抱えてうずくまってる私は守られた。
でも、何かを失ったような、そんな気がした。
失ったものはなんだろう。優しさか、純粋さか、感性か、それとも何も失ってなくて、
強さ、冷酷さ、傲慢さが加わったのだろうか。