センター利用でなんとか滑り止めに受かり、大学生になれることが決まった。
しかし、これでよかったのかとモヤがかっている。
短大に行き、四年制に編入してもよかったんじゃないのか。宅浪でも、今のところからの編入、大人になってから、色々考えはする。それでも答えはでない。
大学生になることが目的じゃない。それをわかっているから、今が大学生になることを目的にしてしまった結果なんじゃないかと不安なのかもしれない。
受験をやりきれたわけでもない。
正直、自殺をしないことに体力を使いすぎた。
毎日胃痛と吐き気に耐え、眠れぬ夜を繰り返し、カッターを持っていないと不安で泣いてしまう。何度も死ぬイメージを膨らませ、リストカットしようと刃を手首に当て、首を絞め、髪を抜き、なんとか死なないように、明日が来るようにと騙し騙し過ごした。
誰に相談できることもなく、家でも学校でもなるべく笑って過ごした。それもいけなかった。
助けて欲しいときに助けて欲しいと言うのは、もはや才能なのではないかと思えるほど。難しかった。
行き場のない負の感情は何倍にもなって自分に襲いかかり、周囲からの励ましが辛くて、何気ない一言が心をえぐり、善意からとわかっているからなにも言えない。耐えるしかない。そう思って耐えたら、心が悲鳴をあげて。
落ちることがいけないことではないことも、事実でしかなく他の意味を持たないことも、そんなことは重々承知していた。
それでも、「あいつは落ちすぎだ」「たかだか落ちただけ」「しっかりしろ」そんな言葉に何度も何度も傷つき殺された。
何度も死のうと考えて方法を調べて、それでも死ななかったのはこれが一時的なものだと知っていたから。きっとうつ病に近いもので、受験が終わればある程度回復することを知っていたから。
それは当たっていて、今は壊れた部分も多いけれどそれでもあの時よりは笑える。
好きなものを見てもなにも感じない怖さと、無気力、無関心、心が動かない、辛いことしか感じれないあの辛さは本当に苦しかった。鬱の怖さを再確認した。
多くの後悔と、恥と、苦しさをもって、なんとか明日も生きていこうと思う。
まとめきれないが、心のモヤモヤを言葉にしたかった。
以上。