これは西安旅行の思い出話である

 

今回の旅行に対するメンタルは3つ

1.中国に行ける喜び

2.計画を全て立ててもらったのと翻訳してくれる人がいることの安心感

3.初めて会う人への緊張

1.中国に行ける喜び

私は中国の街、国の雰囲気、人の雰囲気が好きだ。

写真を見るだけでも伝わってくるのだが、すべてに攻撃力に似た強さや勢いを感じる。

海外に行く度に日本がいかに特殊かを感じるのだが、それはそうと中国も特殊だ。香港や台湾とは違う勢いがある。

 

そんな中国に行くことが決まったのは唐突だった。ただ一日、平日に会社休日があった、それだけ。有休を2日間繋げれば5連休になる。そしてたまたま親も西安に行きたがっており、国慶節も終わっているので航空券も安いのでかなり都合が良い。

毎回思うのだが私はありがたいことに旅行の神様に愛されている。毎回、回を重ねるごとに最高の旅行になっている。

私自身もだんだんとメンタルが強く、積極的に動き、ポジティブに捉えられるようになってきているのもあるのだが。

何と言っても海外旅行は精神修行のような一面もある。言葉の壁があり、見た目で外国人と分かってしまうのは良い面もあれば悪い面もあるので嫌でもメンタルに変化は起きる。

そんなこんなで今回もまた思い出深い旅行となった。

2.計画を全て立ててもらったのと翻訳してくれる人がいることの安心感

計画を立てることがすこぶる苦手な自分は、今回は両親が来るというので丸投げしようと企んでいた。中国に行ければどんな計画でもいいやと。
以前行ったことのある兵馬俑について行くのも厭わない、それくらい計画を立てたくないw
ところが今回は紆余曲折あり中国人の知り合いが行動を共にしてくれるという。
しかも、兵馬俑を行くパターン、行かないパターンに分けて旅行の計画を立ててくれるという最高のムーブをかましてくれた。

通訳してくれる人がいるというのも大変心強い。自分だけで買い物くらいはできるが、旅行中に聞かなくてもそれほど問題はないが知っておきたいことがあった時「どうせ伝えられないから」「伝えるのが面倒だからいいや」と悶々としながら諦めてしまうことはしょっちゅうだ。そんな小さいストレスを感じなくて済むのも大きなメリットである。
その詳細は3章で説明しよう。

3.初めて会う人への緊張

Yさんとの出会い

実は、この西安旅行で初めて会う人がいた。某言語交流サイトで知り合った男性Yさんだ。
Yさんとは旅行の3か月前ほど前の7月に知り合っており、最初の感想はあまり自分のことを話さず、人の話ばかり聞いている。そして口調が大人しく中国人という感じがしない。声や話し方が優しく、あの攻撃力に似た勢いは感じない。
そんな違和感がありつつも彼は個人チャットで中国語学習をサポートする旨の連絡をくれていた。
印象的なメッセージは、自分が「出租车」の発音が分からないからボイスメッセージで送ってほしいとお願いしたところ、
「ボクはこの発音が上手くできないですが…一応やってみます。出租チャ…あっ…下手だ。うまくできない。うん。出租车。うん!このようです☻」
とボイスメッセージを作りながら戸惑っているところを聞いてなんだか可愛く感じられた。中国人なのに中国語の発音が上手くできないってどういうことw普段生活どうやってるのw
 
言語交流ということを口実にして多くの男性は次第に異性関係の話を持ち出したりするのだが、彼はその点でもさっぱりしているので寧ろこちらがもどかしく感じられるまでだった。ちょっと冷たくあしらうと直ぐに身を引き、弁えているという感じ。

ただ、8月になると自分以外の日本人とよく話していたので、色んな人と広く浅く関わりたいタイプかなと思った。

自分のフェーズはもう終わったのかなと。ただ習慣化されたようにチャットのやり取りは続いていた。

 

8月の中頃に私は友人と2人でフィリピンへ行った。これまで友人と何日も一緒に過ごす経験がなく、日本語で他の人と話したいという気分だった。そんな時にYさんに話したいと打診をした。
驚くことに即効OKだった。

 

フィリピン旅行の後半で外国語にはうんざりしており、とにかく日本語を聞いていたかった。

彼と話すと、いつも通りの彼の落ち着いた声で日本語という外国語で頑張って話しているのを聞いて落ち着いた。

私は英語を使わなければいけない環境にいるため仕方なく使ってうんざりしているのに、彼は自分で努力して私とコミュニケーションが取れるレベルになり、積極的に会話をしている。

母国語話者として外国人に対しては日本語が不完全であることに焦点を当てがちだが、彼との違い、彼の努力をひしひしと感じた瞬間だった。

 

その日を境に、日本に帰ってからも度々夜になると彼を電話に誘うことが増えた。他の人がいる場所では彼はずっと人の話を聞いてるが、電話では中国の歴史、社会問題、政治、電化製品の話など多岐に渡り語っていた。

それらはすべて真面目な話で冗談を言うわけでもなく、時には歴史の授業を聞いているような気分でもあった。

自分は夜になると無意味に寂しくなることがあったためそれが埋まるだけで心地よかったが、彼にとっての私はただ日本語を使える相手というだけなのかなと思った。

お互い様ではあるがなんだかもどかしい、そんな気分。

 

続く