随分とブログから離れてしまっていました…

その間もブログを覗いてくださったり、

フォローしてくださったり。

フォローしてくださった方々、ありがとうございます。

 

体調を崩したあと、すっかり回復していたのですが

『食べ歩きブログ』では書き続けられないなぁと悩んでいました。

 

というのも、行ったことのないお店より

同じお店に行くことのほうが多すぎる!!という事実

 

行動範囲の狭さよ・・・滝汗

 

ブログのために、あちこちに行くことがストレスになってしまうことは

良くないなあということで、ごめんなさい、あっさり敗北宣言です。

 

これからは、思ってることとか、考えてることとか、

やってることとか、たまに食べてるものとか、

気楽な気持ちで、のんびりと、無理ない感じで進めていこうかなと思っています。

 

で、なぜこのタイミングで、ブログを更新しようと思ったかってとこなんですけど。

 

最近「7月5日について」多く目にしますよね。

このことを深く考えていて、私自身のことで気づきがあったのでちょっと書き残したいなと思ったんです。

 

あくまでも「私自身のこと」です。

 

わたし、子どものころから、スピリチュアルなことに興味があって、

とくにここ数年は少しずつそこを開放してきた感じでした。

 

そして、わたしの家はお寺でしたので、人の「死」は身近にありました。

なので、怖いものではなく、当たり前のことだったように思います。

 

「亡くなって悲しい」という感情がないわけではありません。

 

幼い弟を病気で失くしたこともあります。

いまだに、弟に向き合っていると、あの頃の悲しみがよみがえります。

身近な人、大切な人、人を失う哀しみや淋しさを味わうことは本当に苦しいものです。

 

ただ、私自身、死ぬことに怖さがなかったのです。

わたしの中で、ずっとここに疑問がありました。

なぜ、死が怖くないのか

 

そして、一番腑に落ちた答えが

 

この体は地球でのイレモノである

 

ということでした。

 

2年前祖母が亡くなったときに、祖母がわたしの中にいる感覚がとても強くありました。

祖母は、現代を生きる魔女のような人で、

草花を愛し、人を癒す(実際にお灸などで、体にアクセスできる人でした)、わたしのルーツだと確信しています。

 

わたしは地球で経験をするために、地球に生まれた。

そのためのイレモノがわたし。

 

それがわたしの、大きな大きな答えです。

 

7月5日の答えや考えは、わたしには見つかりません。

 

ただ受け入れる、それがわたしです。