告知後、父は帰り、姉もしばらくして病室をあとにしました。母は下痢はしたことがないのに、入院後数日目から下痢でビオフェルミンを出してもらっていました。
私たちがいる時は、ベッドに横になったことがないのにゆたんぽをかかえ寝ていました。
食事は頑張って食べていましたが今日はさすがに、おかゆにしてもらおうと、看護士さんに申し出ました。
もう時間ですので無理です。
と冷たい答えが返ってきました…
母はかかりつけの病院で肺気腫憎悪で入退院を繰り返してきましたがどんな時も頑張って残さず食べてきました。
この日の夜は食べずに、私たちは消灯まで話しをしていました。
母はリラックマが大好きでリラックマに、すぶとくんと名前をつけていて枕の横に置いて一緒に寝ています。
母は、悪い結果が出ませんように…って、すぶとくんにお願いしてたのにすぶとくん聞いてくれなかった。。と言いました。母は、でも早くわからせてくれたんだって、早期発見だと思っているようでした。
その日もエレベーター前まで、携帯酸素をひっぱり送ってくれました。父に携帯から電話して、これからお別れするところ。。と言い母は病室に戻っていきました。私は振り向いてくれるかなと、一度エレベーターを降り母の背中を見えなくなるまで見ていましたが母は振り返ることなく、戻っていきました。
1人の夜にしてしまう辛さと、今はまだ実感がなく、1人になると考えてしまうをだろうなと思うと一緒にいてあげられない自分が悔しく無力だなって寂しくなりました。。。
母と私たちは病室で先生をが呼びにくるのを待っていました。母はわかっているかのように、パジャマのポケットにハンカチをいれて、さぁ、行こうか。。と言いました。
ナースステーション脇の病室で4人並んで座りました。
検査の結果がでました!肺腫瘍です。と医師がきっぱり母に言うと、少しおいて母は、悪性…ですか…?と細々とした声を出すと、はい!と医師。母は、というとがん…?
と更に小さな声で言いました。ポケットからハンカチを出しポロポロと涙を流し、お父さんに恩返しができない…。私はね、先生、小さい頃から働いてきていつも動いているほうなんです。でも肺気腫になってからあまり動けなくなってもお父さんが病気になったら看病したいと思って…それなのにもう恩返しできないね…
といって号泣しました。私もこらえていた涙も限界で父も母の隣で目を手で覆いながら涙を。母は、お父さんと21才で一緒になってからずっと色々なことやってもらったのになんにも…なんにも恩返しができなくなっちゃったね…。
医師は、そんなことないじゃないこれから恩返しできるじゃない。と言うと母は、今ゆっておかないともう言えなくなっちゃうでしょ…
それは2人っきりのときに言ってあげてよ。まだ満月満月さんは治療ができるから幸せなんですよ。治療ができない人もいるんです。
母は、手術は?
満月○さんの場合はできません。酸素も吸っている生活で肺機能もだいぶタバコでやられてますから麻酔から目覚めないかもしれない。
母は、自分が悪いことしてきたんだもんね仕方ないよね…
医師は、あの時代はねタバコは悪者じゃなかったからね。
母は、がんばります。と言った!私は想像できなかった言葉なのでうれしく思い涙しました。そのあと母は、こんなに強そうなこと言ったけど心では…
今このまま死にたいな…って…けっこう普段はパッパと言うけど本当は弱いんです先生…
と本音まで
あの医師が、間違いかもしれないですけど、数回涙声になった。。。
母は、すみません先生お忙しいんでしょ?
と医師に気を遣うと、忙しいよ!と医師。。
最後に父が、先生ご迷惑おかけします。よろしくお願いします。と頭を下げて私たちは部屋をあとにしました。
母が、こんな顔じゃ戻れないね…あそこに行こう。
と、私たちはデイルームでしばらく話しをしました。
父は、じゃあお母さんと一緒に居てあげて。
と、仕事に戻りました。
私はロビーまで父を送ると泣き静まるまでしばらく病室にもどれませんでした…
ロッテリアに一時間近くいたでしょうか。。。姉と母にジュースを買い病室に戻ると、家まで送ってきたの?
と言われてしまいました。
母は意外といつもと変わりなくしてくれて姉もおかしい話しをしてくれていました。
続く。。
おとといは、家族三人で説明を聞きましたが面会時間終わりに近づいていたので本人告知は明日の1時にしてもらいました。医師から告げられるとき母ひとりより家族三人みんないてあげたほうがいいと私が言ったので、父も店を閉め姉自身食道検査をキャンセルし私は午後半休をとりかけつけました。
先に家族だけ呼ばれて、先生の口からがんという言葉だけはやめてほしい。肺腫瘍という言い方にして欲しいと最後までせがんで昨日帰ったので、医師から最後の確認ですが、肺腫瘍といって本人がもし、がんですか?と聞いてこなかった場合あとで訴訟だの起こされてもいっさい拒否します。その時点で治療打ち切り。もしくは告知なしで治療する病院に転院してほしいとまで言われました。
先生の目は怖く、私は言葉が出ませんでしたが、姉はそんな訴訟なんてことする母ではないし、本人もアンケートで告知してほしくないに丸をつけているし、治療中自然にわかってしまうぶんには、先生は嘘をついたのではなく気遣いからだと母思います。
何より私たち家族からの依頼ですし私たちがフォローします。みたいなことを言いました。病院側がそのような対応なのは今の時代当たり前なのはわかっています。それでも母の性格からして無理に頼んでいるのですがやっぱりお役所だなあと感じました。
続きはまた。これから母の病院に向かいます。
告知から一夜をひとりで過ごした母を思うと…