人間の可能性なんてみんな
ほとんど違いないんだよ
ヒトって種類の元ならば
と、信じたい気持ちがある
例えば、違う母親から
生まれた子供をそれぞれ
全く同じ環境下において
東京大学を目指すような
英才教育をしても、
一方の子供は試験に合格して
もう一方の子供は惜しくも
あと数点で合格だったかもしれない
という不合格だった場合は
それが "才能の差"
いくら同じ環境下において
99パーセントの努力を証明しようが
残りの1パーセントは不変の事実
生憎、これが才能ってやつ。
潜在能力と書くほうが妥当か。
もしもの話、
この1パーセントが
みんな平等な1パーセントだったら
どうだろうか
誰だって天才学者になれるかも
誰だって有名人になれるかも
そんな「誰でも!」という
ユートピアが現実になる。
まぁ、この喩え話は
理に適っていないけれど(笑)
この本質的1パーセントには
少々の残酷さと個性が
限りなく詰まっている。
たった1% されど1%
しかし、この1%ごときに
全てを頼って生きているのならば
自分で自分を殺している
こんな1%を覆すような
99%を越える努力をすることが
私には足りていない。
