貴種アスィールAsiil(純血種)について  

                アラブ馬の血統  馬のアラブ民俗誌(9)

                                         

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馬のアラブ民俗誌 アラブ馬の血統

貴種アスィールAsiil(純血馬)  ハムサ種とアスィールAsiilとの関係

馬格、美形、走法、忍耐力  俊敏性と逃走力

カディーシュKadiish(劣ったもの、駄馬)  アスィールに関する夢判断

貴種アスィール(純血馬)たち16種  個々の16種について

馬の命名法の特徴  CaCCaanは動き、歩様の義

 

 

貴種アスィールAsiil(純血種)について

アラブ馬の民俗資料の中では、ハムサ(Khamsah基幹五種)の馬名と共に、貴種としてアスィールAsiil(純血種)としての名馬の名もよく耳にする。アラブ馬の普及と共に、世界的にも Asil と知られている馬事用語となっているのだが、我が国ではその筋の大家が西洋語そままに「アジル」と訳して紹介したために、その訳語で一般化してしまった。すぐにでも「アスィール」と訂正しれ欲しい。

アスィールとされる馬種はハムサ5種を基幹とするが、それ以外でも様々なベドウィン諸族が「家宝」と称して良いほどの優秀馬も多くあった。そうしたハムサに劣らぬ、あるいはそれに準ずるほどの馬が選別されていった。

 

口頭伝承の発達していたべドウィンの諸部族で次第に定まった行ったと思われる。部族間で競馬や模擬戦はよく行われていたし、ヤウム(Yawm部族戦争)やガズワ(Ghazwah襲撃)などもあり、こうした出来事はすべて暗記され、比較の対象された。こうした中で、馬の評価はおのずと決まっていった。美質、体形、血統、走力、忍耐力を持つ純血種として用語アスィールAsiilとして糺されて行き、議論は多いが、およそ20種ほどに限定している。

近代に至ってもこのアスィールの血統は延々として守られている。それ以上は増やしてはいないことは、後に述べる近現代の馬事情の項でもお分かりいただけよう。

 

そしてこのアスィール種の間でも雌の方が基本となり、同種の交配種と種付けを行い、子が出来たなら、父母及びその血統の名前を記憶に留め、暗誦して血統書として脳裏に焼き付けて行った。

重なる同種交配を避けるために、近くに同種の交配相手を見つけたり、見つからない場合、ハムサ種や以下に述べるアスィールAsiilの中に相応しい相手を見つけて交配する。

生まれた子馬は父母が確認され、系統は雌親のアスィール名が継承された。

 

同一種のカップルの交配は世代を重ねるうちに血が濃くなり、いろいろな弊害が出るので、他の血を入れて血統を保つことは、アラブでは他地域以上によく知っていた。

我々が純粋培養の弊害を知っているように、アラブは遊牧民でもあるあるから、世代交代が人間より早い家畜種、ラクダや羊、山羊などの家畜飼育と管理に長けているだけに、この弊害については、知見、経験が豊富であった。

 

純血種、同一種や近親交配が続けば虚弱な劣悪な子孫を作ることになってしまう。また新しい血を入れれば純粋交配の弊害を防げ、逆に交配種のアスィールから良馬や貴種の形質や長所が付加され、維持を保つことはできることを知っていたからである。

 

それ故血筋的にハムサに準ずるものであるとはいえ、部族間では周知の良馬や俊馬をアスィールとして選んで、アスィールAsiil(純血種)としてステータスを与え、その種間ならばアスィールが保持されることになった。部族間連合などで、族長たちが語り合いながら徐々に決まっていったものであろう。恐らく馬格、美形、そして歩様、走法などを基準にして決まっていったことであろう。競馬で速力と走法が試され、長距離遠征では忍耐力が、そして戦闘では勇気と俊敏性が試され、様々な角度から決まっていったものであろう。

 

アラブ馬の最大の特長は、美形、走力、忍耐力にくわえて、俊敏性が挙げられる。

俊敏性とは乗り手の動きに即応し、連動するように、急発進させたり、馬体を逸らしたり、止めたり、後退したりする能力で、そうした俊敏性は他の馬種には無いものである。そしてさらに驚くべきは馬体を反転するその器用さである。不利と見た場合、スッと反転させて素早く後退させ、距離をとる。そして絶対的に不利に立った場合、戦場から走力を効かせて逃げ果せる能力のことである。

逃走力もまた必要不可欠の要素とみなされていた。一見、ベドウィンの倫理、徳目の<勇気>に反する行為であるが、絶対絶命の境地に立たされれば、その判断と能力も必要とされ、馬がその実行力を十分果たすものとなる。

 

さてアスィールAsiil(純血種)はこのような見地から、各地の名馬が評定され、絞られてゆき、およそ20(実際は21種なるが)種に限った。区切りの数にも議論があったろうが、20と限ったところも興味深い。

 

なおアスィールが素性の分種らぬ雄馬と番って生まれた子は、既にアスィールとは認められない。カディーシュKadiish(劣ったもの,pl.Kudash)として、普通の馬、駄馬とされ、乗用、駄用に用いられ、保護されることはなく、アスィールから外される。アスィールとしての別格扱いはされなくなる。厳しい場合、その母親もアスィールから外される場合がある。

 

アラブの民衆に息づく夢占いにも馬は多く登場する。その一つにアスィールに関するこんな夢判断がある:

もし馬がアスィール(純血馬)であるのを夢で見た場合、己の血筋が良くなくてもシャリーフ(shariif 尊敬される人物)となるであろう。この理由は、アスィールは貴種であり、馬の中でも選ばれ維持される血統だからである。アスィールは野放しにせず、そもそも堅固な砦(hisn)などの囲いの中に守られている厩舎に存在すると見做されるからである。

 

 

 

貴種アスィール(純血馬)たち 16種の個々について

 

①    ハムダーニーHamdaanii(賞賛に値するもの)

先ず最もハムサkhamsah(基幹五種)に準ずる馬胤としてハムダーニーがある。

ハムダーニーHamdaanii、雌はハムダーニッヤHamdaaniyyah。ハムダーニーとは「称賛に値するもの」であって、馬の総合的観点、姿全体が優雅であって、その美形から「賞賛に値するもの」との名称が授けられたものと思われる。但しその意味からして人名にも多く用いられていることから、その馬主の固有名ハムダーンHamdaanから由来しているとの説もある。

ハムダーニーは力強さや戦闘力があり体形が良く、上唇と鼻孔が突き出るように上向きに

なる。繋ぎもクハイラーン系同様他の基幹種より短めである。

この血統種ではシムリーSimrii(褐色のもの)の系統も良く知られているが、その子孫たちはハムダーニー・シムリーHamdaan・Simriiなどとしてその血が継承されてゆく。近代になってアナザ族がこのハムダーニー・シムリーの飼養者として知られる。

 

 

②    アブー・ウルクーブAbuu “Urquub(踵の父)

アブー・ウルクーブAbuu “Urquubは「"urkuub(踝)の父(abuu)」の意味で、雌はウンム・ウルクーブUmm “Urquubと称される。前回のブログで述べた古種「基幹種の五馬の名称」の中で2番目に上げたウルクーブ “Urquub(膝腱の強力なもの)の直接血を継承するものである。それ故内容が多少重複する。この子孫たちも、雄ならばアブー・ウルクーブAbuu “Urquubと、雌ならばウンム・ウルクーブUmm “Urquubと称されることが多い。

体形のうち特に脚に特徴を持ち、その踝が大きく頑強さと走力とを際立たせることからの由来する、とされる。ハムダーン系やハドゥバーン系と外形や性格が近い。

アブー・ウルクーブ種の系統はアフダブ(Ahdab睫毛が、鬣が長い)系、あるいはスワーフSuwaah(汗っかき)系が直系路して継承して行く。

 

アブー・ウルクーブ系で種そのもの の名ウルクーブ ”Urquub(踵)を馬名とした所有者も見られる。ドゥッバDubbah族のザイドZayd al-Fawaaris。彼の持ち馬ウルクーブは名声高く、詩人イブン・アナマ "Abdullaah ibn “Anamah が「あのダーヒスに負けないほどの駿足」として叙景したことで知られている。同じくヤルブーウYarbuu”族スハイムSuhaym ibn Wathiilもウルクーブ“Urquubとの名前を持つ馬を所持したことで知られる。            

 

 

③    ダフマーンDahmaan(突進するもの)

ダフマーンDahmaanと言われる種。雌はダフマDahmahと称されている。この名称はダフムdahm、「力強く推進する・突進するもの」から由来する。

近代に至ってもDahmaanの指小辞ドゥハイマーンDuhaymanの馬名として、シャンマル族のアジャッラシュ al-“Ajarrash 支族の間で産育の維持が行われ、エジプトでも保護・育成が図られている。  

 

上図はダフマーン種の血統を今に伝える二頭。左は原野のようなところで飼育されているのか、白馬だけに汚れが顔や銅部に目立つ。鬣や尾毛の豊かさ、全体に強健さが伝わってくる。尾付けが背中の高さより上にある。右はまだ若い白馬、牧場で自由の闊歩している純血種らしく頭部の、背中の、尾のそれぞれに特徴を見せている。

Qabalaan Ghaluub『純血アラブ馬』pp。105,94

 

 

④    ジルファーンJilfaan(抜き去るもの)

ジルファーンJilfaanと称される種である。雌はジルファJilfahと呼ばれる。この種名も走力・ダッシュ力を捉えたもので、語根動詞√jalafa「取り去る、切り離す、抜群・抜きん出る」の義である。末脚の追い切りが得意とすることが想定される。

この血統をハムサ(基幹五種)に入れる説も結構支持されている。戦闘に用いられる騎馬よりも、走力を特徴とする競馬用に、マアナキーに匹敵するとも言われていた。

ジルファーン種の血統はダフワGahwah(伸長)系他に引き継がれてゆく。

 

 

⑤    クバイシャーンKubayshaan(雄仔ヤギ)

クバイシャーンKubayshaanと称される種。雌はクバイシャKubayshahである。この名称の由来は面白いことにkabsh(雄山羊)から来ている。カブシュを指小辞にしたkubaysh(雄の小山羊)から由来するのである。<雄>の猛々しさと<山羊>の飛び跳ね回る動作、それに可愛いも手伝っての命名であろう。英語圏のkidを連想させる命名である。

クバイシャーン種はウマイル“Umayr(繁栄)系などに血統が引き継がれている。

現代のアナザ族などではアスィール(純血種)に入れるべきではないとの説もある。

 

 

 

⑥    トワイサーンTuwaysaan(小孔雀)

トワイサーンTuwaysaanと称される種。雌はトワイシッヤTuwaysiyyahと言われる。馬名は「孔雀」taawuusから来ており、その指小辞がtuways(小孔雀)であり、それから変化形がTuwaysaanである。ただでさえ美形なアラブ馬であるから、余程見た目や体形、肌色が綺麗な祖先であったのであろう。

トワイサーン種はカーミーal-Qaamii系とFayyaad系などに引き継がれている。

なお種名をTuwaysaanではなくトワイシャーンTuwayshaanとする説もあり。

 

 

⑦    ミルワーフMilwaah(渇れるもの)

ミルワーフMilwaahと称される種。雌はミルワーハmilwaahahまたはミルウィッヤmilwiyyahと言われる。この語は語根 √laaha<lawaha 「咽喉が乾く」から由来し、この派生名詞Milwaahは「頻りに水を要求するもの」であり、馬が全速力を出せ続ければ当然のこと、渇れて水を要求する。水を要求するほどに走り続ける、そうした走力の一つの表現法である。驚くことにこの命名は競争ラクダhijnの名にも汎用されている。

ミルワーフMilwaah種はSharbaan系、及びTaabuur系などに継承されている。

 

 

⑧    ムハッラドMukhallad(不朽のもの)

ムハッラドMukhalladと称される種。雌はムハッラダMukhalladahまたはムハッラディッヤMukhalladiyyahと言う。「不朽なるもの、語り継がれるもの」がその義で、活躍や戦績からの命名であろう。走力を取れば、この種はマアナキーやジルファーンに匹敵するとされ、競馬用に向いていた。

ムハッラドMukhallad種はal-Ajqam系、及びal-Masruur系などに引き継がれている。

なおTwidiiの調査の方ではこの種名は記載されていない。

 

 

⑨    ムウワジュMu”waj(背振り)

ムウワジュ Mu”waj と称される種。雌はムウワジッヤ Mu"wajiyyah と称される。「駆ける時背中を左右に振る癖のあるもの」の義で、祖先のアウワジュ・アクバルと同語根である。ムウワジュMu”waj種はハッマードHammaad系など」によって血統が継承されている。

 

 

⑩    ラブダーンRabdaan(灰色獅子)

ラブダーンRabdaanと称される種。雌はラブダrabdahと言われている。馬名の由来は幾説かある。一つは、放っておくととんでもないことを仕出かすので「監禁されているもの 囲われているもの」とする説。一つはルブダrubdahは「灰色」を意味しており、それ故「葦毛馬」であったとする説。また一つは形容詞arbadは「灰色の」であるが、それは同時にその肌色から「ライオン・毒蛇」の形容にも用いられていた。ここでは勇猛さから「ライオン」として命名されたのであろう、とする説など。従順性に問題があり、荒れ馬的性格があったのであろう。

ラブダーンRabdaan種はKhashiibaan系、Mushaajid系、al-Shaybii系、Azlaa系などにその血統が引く継がれている。

 

 

⑪    リーシャーンRiishaan(有翼)

リーシャーンRiishaanと称される種。雌はリーシャRiishahと言われる。軽快に「riish(羽翼)を持つ如く走る馬」「有翼馬」としての命名であろう。

リーシャーンRiishaan種はArjasii系ほかの直系によって継承された。

発音をライシャーンal-Rayshaanと命名して名馬を所持したのは、イエメンのラスール朝(1229~1454)の王(al-Malik)たちである。第4代マリク・ムアッヤド(al-Mu’ayyad 在位1296~1322)、第11代マリク・ザーヒル(al—Zaahir 1428~1439)、知事ダーウード(al-Shariif Daawuud ibn “Abdullaah)などの所有馬が知られている。

 

 

⑫    サアダーンSa"daan (幸運)

サアダーンSa"daanと称される種。雌はサアダSa"dahである。サアドSa"d「幸運・幸福をもたらすもの」の意味である。馬名としての意味は、先にペガサス座のサアドの星々で述べてように、「幸運・吉」を呼ぶものとして相応しかろう。サアダーンそのものには普通名詞として植物名で、ラクダが好んで食べる砂漠に生える「有棘灌木に一種」、あるいは「猿」の意味もあるが。

サアダーンSa"daan種はHawb系およびTuuqaan系などによって血統が引き継がれている。 

 

 

⑬    サムハーンSamhaan(寛大)

サムハーンSamhaanと称される種。雌はサムハSamhahである。「心寛きもの、寛大なもの」の義である。どんな戦であろうとも、どんな競馬であろうとも、対抗者を寛く迎え入れ、最後には勝利する,そんな馬になって欲しいとの持ち主の気持ちからか。力強さから体形が良く、そうした血統保持に向いているとされる。

サムハーンSamhaan種は、al-Haafii系、およびal-Qawmiyyah系などによって血統が維持された。

雌のサムハ系は、中世イスラム世界でも最も優れた名馬に数えられており、現代でもアラブ種優駿系統の一つとして、その種の本に銘記されている。

 

 

⑭    シュワイマーンShuwaymaan(黒子持ち)

シュワイマーンShuwaymaanと称される種。雌はシュワイマShuwaymahと言われる。「shaamah(印、ほくろ)」の指小辞shuwaymah「小印、小ほくろ」から由来しており、この種の祖が、先のブログで古種の三番目で述べたシュワイマShuwaymah(小ほくろ)であった。その直系の子孫であろう。

明るい毛色の馬体に特徴的な黒班(shaamah)があったことによる命名である(どこかに目立つ印があって、それが名称になったものであろう。その黒子が遺伝的であったかどうかは定かではない) 

シュワイマーンShuwaymaan種はal-“Aamirii 系、Sabaah系、Zaahii系などによってその血が引き継がれてゆく。

 

 

⑮    ワドナーンWadnaan(柔軟)

ワドナーンWadnaanと称される種。雌はワドナWadnahと称される。awdan(柔軟な、しなやかな)の語から派生しており、身体的柔軟性と同時に走りに自然な滑らかさがある、そうした特長を捉えての命名と思われる。

 

 

以上ハムサとされている5種を含めて、計20種がアスィール・純血種と認められている。20種で限定しているが、他にも候補は多いわけであるが、ヒルサーン種を加える説も多々あり有力なので、ここで加えておく。

 

⑯    ヒルサーンkhirsaan(寡黙)

ヒルサーンkhirsaanと称される種。雌はフルサkhursahと言われる。「kharas(唖)のもの」の義であるから、馬は盛んに鳴いたり、鼻息を建てたりするのが普通であるが、この種は余程鳴き声や嘶きをしない性質の馬なのであったろう。こうした馬は夜行や夜間襲撃などに向いている。

 

 

以上ハムサ(基幹五種)とアスィール(貴種)合わせて21種がアラブの血統馬であって、これらの交配のみによって、純血が保たれてきたことになる。が、実際ははるかに多くが割拠するベドウィン諸族には駿馬、名馬がおり、それ等も自称アスィール(貴種)と称され独自に血統を維持していった。

 

 

 

馬の命名法の特徴、特に競馬に関して

今まで述べてきたハムサ5種と貴種アスィール(純血種) 16種の、敬21種の馬名には、語末に共通した特徴があるものが多いことに気付かされる。21種中16種に同じ命名法があった。語末をアーン/-aan/に持つ、あるいはその変化形となっていることである。以下に羅列して示す。

 

①    クハイラーンKuhaylaan、  ②サクラーウィーSaqlaawii 

②    ウバイヤーン”Ubayyaaa    ④ハドゥバーンHadbaann 

⑤ハムダーニーHamdaanii    ⑥ダフマーンDahmaan

⑦ジルファーンJilfaan     ⑧クバイシャーンKubayshaan

⑨トワイサーンTuwaysaan   ⑩ラブダーンRabdaan

⑪リーシャーンRiishaan     ⑫サアダーンSa"daan 

⑬サムハーンSamhaan     ⑭シュワイマーンShuwaymaan

⑮ワドナーンWadnaan     ⑯ヒルサーンKhirsaan

 

①~④まで前回述べたハムサ(基幹5種)の、⑤以降は今日述べた貴種アスィール(純血種)の中からの、同一語形ないし近似した馬名を選んでの一覧である。順次音読して見れば分かる如く、一定の語形、音型、リズムをとっているのが察知されよう。

既に筆者はラクダの世界で、アラブ湾岸諸国で行われている競駝(ラクダ競争)を研究テーマとしていた時期がある。その一環として競駝を扱い、また競駝名にもメスを入れてみた。というのも同じ語形態を用いる駝名が多く、注意が引かれ「駝名考」として分析してみた。馬名とも比較してみた。ここでもその分析法が有効であった。

 

これらは基本的にはCaCCaan(Cは子音)基づく語形態で、その意味体系を形成する分野なのである。Movement、Locomotionなどの意味を実現する語形態となる。すなわち3C(子音)からなる語根動詞、ないし派生動詞の意味に<動き、動作>となるなどを意味素を実現させる動名詞形なのである。

歩みや走りを意味付与することから、アラブ世界では乗用動物ラクダや馬には好まれて命名される語形態となっている。ここでは基本語形そのものと変化形3種が見て取れる。

 

CaCCaanの基本形に沿った馬名は、④、⑥、⑩、⑬,⑮5の5つである。

残りはこの基本形を一音のみ変えた異形と言える。変化形が3種あり、いずれもこの基本形CaCCaanを変化させたものであることが容易に類推が出来る。

順番から述べてゆこう。

 

1 基本形を指小辞にしたもの5種:

①クハイラーンKuhaylaan、③ウバイヤーン”Ubayyaaan、⑧クバイシャーンKubayshaan、⑨トワイサーンTuwaysaan、⑭シュワイマーンShuwaymaan 

基本語語形CaCCaanのCaCCの個所をCuCayCと変化させると指小辞形となる。可愛さ、珍重さ、嗜好性を表示する。

 

2 基本形の語尾を変化させたもの2種:

③    サクラーウィーSaqlaawii 及び⑤ハムダーニーHamdaanii。これらは基本形CaCCaanの最末尾の/-n/を/-wii/と変化させたもの。これは形容名詞「~~的な(もの)」を表す変化形である。

 

3 基本形CaCCaanの第一母音を/a/から/i/に変えたもの3種:

⑦ジルファーンJilfaan、⑪リーシャーンRiishaan、⑯ヒルサーンKhirsaan

これらの馬名は/e/と同じく/i/母音の発声の平易性を求めた結果である。

 

 

以上が基本形CaCCaanに基づく<動き>を表す動名詞であるが、もう一つこれに劣らず<動き>を表示する語形態があり、それはmiCCaaC(Cは子音)であり、上掲の表では1種のみであり、それは本ブログ、アスィール(純血種)の7番目で記したミルワーフMilwaah種である。

 

馬名及び駝名については既に筆者は分析したものがある。興味のある方は拙著『ラクダの跡』の第14章から第18章までを参考にされたい。ラクダの歩様・歩態。および競駝(ラクダ競争文化、さらに駝名を分析したものもある・比較対象として、馬と競馬も参照しておいた。独自の民俗観を表すものとして興味深い。

 

 

    引用・参考文献  著者アルファベットABC順,

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