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~お母さん~
10年前、大好きな母に乳がんが発覚。
私は当時、看護学生だった。

あれから、10年。
母の癌は2度3度と増殖し、ついには沈黙の臓器にまで転居した。
「そんなところにお引っ越しかよ。。。お引っ越しっていうか、family増やしてるやん。。」
主治医からは、手術をしても無駄だと言われ、ただただ内科的な治療のみで、「癌と共に生きる」ことを余儀なくされた。

私も看護師10年。ある程度の母の病状は「わかる」のだ。

癌というのは、荒れ狂った日本海のように、心も身体も打ち砕いてしまう。一瞬で。


2013年 1月 私が突然結婚することになって、実家を出た。距離は、実家から車で2時間程度。いつでも実家に通えるようにと、新たな居住地も主人と随分相談して決めた。

2013年 2月14日 バレンタインデー 母がお世話になっている主治医が決断。「化学療法」開始。アドリアシンだ。母の癌は日に日に成長し、CTでもはっきりくっきり大きく見える。症状が無いのが本当に救いだ。「沈黙の臓器」とは、良く言ったものだ。


現在まで、母は化学療法をせず、ホルモン療法だけて過ごしてきた。だから、母にとっても、家族にとっても、化学療法は「未知の魔物」なイメージ。抗がん剤をするとなると、やっぱり「怖い」。
様々な副作用。医療者の私も、数々の化学療法をされている患者様と接してきたが、やはり家族となると心情は揺らぐ。

それから、大きな副作用として「脱毛」がある。
母だって、何歳になっても、女は女だ。
母は、父を心底愛している。
父も、母を心底愛している。
母の癌が発覚してから、父はがらりと変わった。母と癌と父。3つで1つ。そんな感じがする。
伴侶の毛という毛が全て抜け落ちるのを目の当たりにするのはお互い非常に辛いはずだ。
抗がん剤で抜け落ちる髪。一本一本抜けるたびに、少女のような母の心の花が一本一本枯れていくんじゃないかと、とても心配になる。

勤めていた会社を辞めて、現在専業主婦の私。
現在主人と住んでいる新居と、実家を何度も往復する日々を送っている。
以前は  家族<波乗り。
でも今は 家族>波乗り。
ま、当たり前なんだけれど。。。でも、これがなかなか出来なかった。

近くにある幸せ程、気づかないものなんだな。。。

これから待ち受けている様々な悲しみから、学ぶ事もたくさんあるはず。

今日も私は母にメールを送る。
一通。
一行。

「お母さん、今日はどない?」