4月27日(土)
愛媛県は、松山の地にて
公益社団法人日本青年会議所
2014年度 第63回 全国大会 松山大会
主管青年会議所 現地調査並びに対話集会
に参加しました。
来年の全国大会の予定地を、大型バス数台で、あちらこちら見て廻りました。
松山青年会議所のメンバーさんが、いたるところで説明してくれました。
現地調査が終わり、対話集会へ続きます。
まずは映像でプレゼンテーション

質問に入ると、日本の全国大会の委員会メンバー全員が「質問有り」で挙手しておりました。(最初から最後まで)
しかし、答えられる人・・・と、司会から問われると、松山JCの理事メンバー全てが挙手して応答しておりました。
すさまじい・・・。
そして、長い質問の応答がおわりまして、懇親会へ。

懇親会では、徳島の某専務理事さんが、松山の郷土芸能を満喫されておられました。
2014年、全国大会 松山大会
皆さんで協力してまいりましょう。
愛媛県は、松山の地にて
公益社団法人日本青年会議所
2014年度 第63回 全国大会 松山大会
主管青年会議所 現地調査並びに対話集会
に参加しました。
来年の全国大会の予定地を、大型バス数台で、あちらこちら見て廻りました。
松山青年会議所のメンバーさんが、いたるところで説明してくれました。
現地調査が終わり、対話集会へ続きます。
まずは映像でプレゼンテーション

質問に入ると、日本の全国大会の委員会メンバー全員が「質問有り」で挙手しておりました。(最初から最後まで)
しかし、答えられる人・・・と、司会から問われると、松山JCの理事メンバー全てが挙手して応答しておりました。
すさまじい・・・。
そして、長い質問の応答がおわりまして、懇親会へ。

懇親会では、徳島の某専務理事さんが、松山の郷土芸能を満喫されておられました。
2014年、全国大会 松山大会
皆さんで協力してまいりましょう。
佐藤山
「津波なんてここまで来るわけがない」。そう言われながら、約10年がかりで岩山に避難所を造った男性がいる。
700人以上が死亡した宮城県東松島市で、この場所が約70人の命を救った。
東松島市の野蒜(のびる)地区。立ち並ぶ高さ30メートルほどの岩山の一つに階段が彫られ、登り口に「災害 避難所(津波)」と書かれた看板があった。お年寄りでも上れるように段差は低く、手すりもある。平らになった頂上には、8畳の小屋とあずま屋、海を見渡せる展望台が立てられていた。
近くに住む土地の所有者、佐藤善文さん(77)が10年ほど前から、退職金をつぎ込んで1人で造った。「避難場所は家からすぐの場所になくちゃってね」。住民には「佐藤山」と呼ばれていた。
地震があった11日、佐藤さんが4人の家族と犬を連れて登ると、すでに40人ほどがここに避難していた。津波は「ブォー」と膨れ上がって押し寄せ、立ち木や家屋がなぎ倒される音がバリバリと響いた。
いったん波が引いたあと、「第2波には耐えられない」とさらに人がやってきた。「線路の辺りで波に巻き込まれ
た」という傷だらけの男性など4人も流れ着き、避難した「佐藤山」の人々が棒を差し出して引っ張り上げた。
避難者は70人ほどになり、お年寄りやけが人は小屋でストーブをたき、男性陣はあずま屋でたき火をして夜を明かした。
夜が明けると、1960年のチリ地震による津波でも床上浸水だった周辺は、流失した家屋やがれきで埋め尽くされていた。避難した遠山秀一さん(59)は「『ここには大きな津波は来ないよ』と佐藤さんの作業を半ば笑って見ていたけど、先見の明があった」と感謝する。
一方、周辺では指定避難場所も津波に襲われ、多くの人が犠牲になった。佐藤さんはこれまで「大きな津波は、建物ではダメ。高台に逃げるのが鉄則」と市に訴えたこともあったが、「佐藤山」は指定されなかった。
人から見ると馬鹿げているように見える事でも信念を持って継続する事でいつか人の役にたったり、認められる日が来ます!
佐尾山君!例会頑張りましょう!
「津波なんてここまで来るわけがない」。そう言われながら、約10年がかりで岩山に避難所を造った男性がいる。
700人以上が死亡した宮城県東松島市で、この場所が約70人の命を救った。
東松島市の野蒜(のびる)地区。立ち並ぶ高さ30メートルほどの岩山の一つに階段が彫られ、登り口に「災害 避難所(津波)」と書かれた看板があった。お年寄りでも上れるように段差は低く、手すりもある。平らになった頂上には、8畳の小屋とあずま屋、海を見渡せる展望台が立てられていた。
近くに住む土地の所有者、佐藤善文さん(77)が10年ほど前から、退職金をつぎ込んで1人で造った。「避難場所は家からすぐの場所になくちゃってね」。住民には「佐藤山」と呼ばれていた。
地震があった11日、佐藤さんが4人の家族と犬を連れて登ると、すでに40人ほどがここに避難していた。津波は「ブォー」と膨れ上がって押し寄せ、立ち木や家屋がなぎ倒される音がバリバリと響いた。
いったん波が引いたあと、「第2波には耐えられない」とさらに人がやってきた。「線路の辺りで波に巻き込まれ
た」という傷だらけの男性など4人も流れ着き、避難した「佐藤山」の人々が棒を差し出して引っ張り上げた。
避難者は70人ほどになり、お年寄りやけが人は小屋でストーブをたき、男性陣はあずま屋でたき火をして夜を明かした。
夜が明けると、1960年のチリ地震による津波でも床上浸水だった周辺は、流失した家屋やがれきで埋め尽くされていた。避難した遠山秀一さん(59)は「『ここには大きな津波は来ないよ』と佐藤さんの作業を半ば笑って見ていたけど、先見の明があった」と感謝する。
一方、周辺では指定避難場所も津波に襲われ、多くの人が犠牲になった。佐藤さんはこれまで「大きな津波は、建物ではダメ。高台に逃げるのが鉄則」と市に訴えたこともあったが、「佐藤山」は指定されなかった。
人から見ると馬鹿げているように見える事でも信念を持って継続する事でいつか人の役にたったり、認められる日が来ます!
佐尾山君!例会頑張りましょう!
4月19日(金)
徳島市内の白水園で
2008年度 徳島ブロック協議会
のメンバーの同窓会がございました。
2008年度 須見ブロック会長の挨拶
そして懇親会へ
2008年度専務理事の皆様。
なんと、私と吉野川の筒井理事長、鳴門の八木理事長は、2008年度の同期専務理事です。
しかも、この年の7人の専務理事のうち、5人が理事長職になりました。
みなさん楽しそうです。
2013年度ブロック会長も、2008年度の委員長で出向しておりました。

締めは、顧問の松端さんです。
久々に再開できて、非常に良い時間を過ごせました。
JCで出会えた事に感謝です。
次回開催も楽しみにしております。
(08運営専務宜しくお願い致します)
徳島市内の白水園で
2008年度 徳島ブロック協議会
のメンバーの同窓会がございました。
2008年度 須見ブロック会長の挨拶
そして懇親会へ
2008年度専務理事の皆様。
なんと、私と吉野川の筒井理事長、鳴門の八木理事長は、2008年度の同期専務理事です。
しかも、この年の7人の専務理事のうち、5人が理事長職になりました。
みなさん楽しそうです。
2013年度ブロック会長も、2008年度の委員長で出向しておりました。

締めは、顧問の松端さんです。
久々に再開できて、非常に良い時間を過ごせました。
JCで出会えた事に感謝です。
次回開催も楽しみにしております。
(08運営専務宜しくお願い致します)



