初 ガウディ は 90年代
ロンドン撮影の
合間 の バルセロナ
チケットは バージン就航記念
ストップオーバー仕様
バルセロナ五輪 Olympic
開催 の ちょい 前 でした
空港 から 宿 の 途中
↑
タクシーの運転者
サービス的な 説明付き
↑
ワタシが 顧客様に話す余談な感じ (笑)
今月は英国で見た
ストリートの葛飾北斎
娘さんのオウイ研究本
有名書店に 山積み
ビックリした話
実は 幼少時
北斎のこと
亡伯父から
教わっていたのでした
伯父の説明
当時は 深く考えず
今更 沁みるんですよ
江戸は 文盲 (文字書けない読めない)
沢山 いたんですもの
[ 伯父の説明 ]
北斎っていうのは 凄いよ
子供に
絵を 楽しく
描かせながら
文字も覚えられる
考えた
[ へのへのもへじ ]
初めての バルセロナ
五輪の建物 ほぼ
出来上がって いて
前日は サッカー
ワールドカップ に
眠らない街 だったという
ランプラス 通り
↑
例えるなら
早朝の 新宿感 でした
[ サクラダファミリア ]
もちろん
まだまだ 工事中
工事現場
覗き込む ワタシに
現場監督 さんが
やってきて
何やら 話し出した・・・。
工事 だから
立ち入り禁止 って
叱られるのか と
覚悟 していると
ん? ん ? 何 何 ?
出来上がり予定が
これくらい で
あのあたり に
エレベーター できる
そのことを
何度 も
ワタシが 理解 するまで
根気よく
話して くれてました
↑
カタロニア語 ? スペイン語 ?
エレベーター できたら
上 まで 登れる
降りるのは 階段
なーんて
説明してくれました
だから ね
エレベーターできたら
また おいで
♡
なんて 優しい 嬉しい
時が過ぎ 2018年
思い出したん です
短期でも
行かなきゃって
宿と飛行機 交通だけ調べ
予約 ( 飛行機 宿 空港バス )
初回 90年代 は
ピカソ 美術館で
ピカソ努力家を知り
( 習作 として展示
青の時代
少年の絵 めちゃ沢山
違いがわからないのです・・
しかし
子供時代 思い出したら
自分も
女の子の横顔
毎日書いて
100枚以上
書いていたかも )
フィゲラスのダリ美術館で
ダリは 寂しい
少年時代体験から
人が楽しい気持ちで
沢山 集まる
美術館を作った
↑
絵と立体物の
ワンダーランド
とか
アミューズメント的
見終わって
地階 に行くと
なんと
館長 さんが
出ていらして
もしかして
立ち入り禁止とかで
しかられるのかな ?
思っていたら
ここに ダリが いるからって
英語で 床を 指さす
やはり 何回も
根気よく
ワタシが
理解するまで
えっ ? ダリ
ここに お墓なの ?
楽しい雰囲気の 美術館 と
ちがい
静寂な 空気が 流れていて
おそらく 当時
みなさん
知らなかった様子
他の お客さん達 は
上の階 と外装
楽しんで ました
館長さんに
わざわざ教えていただき
感無量なまま
その足で
さらに
生家がある駅
湖地方で
駅には
タクシー沢山
価格交渉 山道行く
おじさんは ワタシの
提示した 価格で
問題ないよ と
往復するんだよって 念押し
もちろん と
カーステレオ
ないからって おじさん
地元の民謡 アカペラ (上手ではない)
うたってくれました
ダリハウスが
見えるあたりで
ドロドロの コーヒーも
おじさんと 乾杯 www
ダリハウス
中は 見れなかったけれど
玄関あたりの 小石
箱に入れていたら
タクシーのおじさん
直径 20センチくらいの 石
トランクに入れて
これにしなさいって・・・。
持って帰れるのか ?
服に包んで
スーツケースに
仕事先のロンドン経由
日本に 持ち帰り
経緯 話しますと
我が家に来た
クリエーター系の 人たち
その石を みんな
なでなで していくんですよ
そして 再訪の 2018年
[ サクラダファミリア ]
工事現場からは
想像できない
見事な
ステンドガラスに
さらに 幻想的な 造作物
光と芸術的 建築で
それは もう
同じ場所とは 信じがたい
素晴らしさでした
工事現場の監督さんの
おすすめだった
エレベーターで
上階に 行き
そういう
変化を 感じながら
初回に あちこちの 土産屋で
見かけた 絵葉書
サクラダファミリア
朝焼けか 夕焼けの写真かな
池に 建物が 写って 幻想的
絵なのかな ? と 頭捻り
日本でも 何かで見て
着色してあるのかな とか
それが 実物の姿である
と
再来して わかりました
まだ 暗いうちから
行ってみて
絵葉書 みたいな 写真
ノン加工で 写せました
自分で 写せたら
感無量 の
二乗に なりました
やはり
行った体験のある場所
おさらい と いうより
その時に
気づかなかった 色々に
熱心に しっかりと
記憶できた きがしています。
[ 追加 ]
ガウディ
有名な話ですが
産業革命 近代化の中で
大事にしたのは
ハイテク技術ではなかった
数学的概念と
クリエイティブは
自然に学ぶ
日本にも いろんな分野で
自然から 発想した 著名な方々
いらっしゃるので
好みであるかは 別問題で
70年代の 先輩方に
敬意 の 気持ち
再び 湧いてきました






























