ビジネスの分野においても、主権者としての人間は、絶対的倫理基準を持つことはできないので、雇用関係の中で作られた自律的価値、即ち利潤追求がその領域において絶対者となり、多くの労働者の生活を圧迫している。人は何かに服従すれば服従したものの奴隷となるという真理は、ここにおいても適用される。

このような傾向は、近代憲法の形成にその問題の源泉を見ることができる。近代憲法がどのように律法から離れ、道徳性を失ったかについて、その過程を歴史的に振り返ってみたい。

近代立憲民主主義の成立の基盤を作ったのは、改革主義運動だと言われる。スコットランド人、スコット・サミュエル・ラザフォード(1600年―1661年)は、「法は王」(Lex Rex)という本の中で、最終権威としての聖書の基盤の上に法が作られ、その法によって政治が行われるべきであると述べ、改革主義から出てきた人々が国王を政治的に制限するという原理を初めて最もはっきりした形で表した。

この考え法は、公会議運動や中世初期の議会を乗り越えていった。なぜならば、これらの中世のものには、首尾一貫しない教会決定や、政治情勢によって変化してしまうような不確かな基礎しかなかったからである。ラザフォードの影響は、長老派のジョン・ウィザースプーン(1723年―1794年)によってアメリカ合衆国の憲法に、又、ジョン・ロックによって近代諸憲法に及んだ。16

ジョン・ロックは、ピューリタンの二度の革命において確立された「法による支配」(Rule of Law)の原理を、名誉革命の直後、「統治論」および「寛容についての書簡」の中で体系的にまとめ上げた。ここで、近代市民社会の原理はほぼ確立された。しかし、ラザフォードにおいて確立された「法の源泉(resource)は、聖書の律法である」との考えは、ロックによって自然法に置き換えられ、世俗化されてしまった。自然法は、人間の本性に根ざし、生得的に存在する秩序への傾向のことであり、それは、どの民族のうちにも働いて、社会や国家を形成するように働く。それは、神の律法と違い、書かれたものではなく、実定法のように人間が便宜的に取り決めた法でもない。アウグスティヌスによれば「自然的なものにおける神の意志のあらわれで歴史的法と歴史的秩序の背後にあるもの」である。ロックは「統治論」の冒頭の「自然状態について」の中で次のように述べている。17

「政治的権力を正しく理解し、それがよってきたところをたずねるためには、すべての人が自然の姿でどのような状態にあるかを考察しなければならない。即ちそれは、人それぞれが他人の許可を求めたり、他人の意志に頼ったりすることなく、自然法の範囲内で自分の行動を律し、自分が適当と思うままに自分の所有物と身体を処理するような完全に自由な状態である。それはまた平等な状態でもあり、そこでは権力と支配権はすべて互恵的であって、他人より多く持つ者は一人もいない。なぜなら、同じ種、同じ等級の被造物は、分けへだてなく生を受け、自然の恵みを等しく享受し、同じ能力を行使するのだから、すべての被造物の主であり支配者である神がその意志を判然と表明して、誰かを他のものの上に置き、明快な命令によって疑いえない支配権と主権を与えるのでない限り、すべての者が相互に平等であって、従属や服従はありえないということは何よりも明瞭だからである」(四)18

ここに取り上げられている自然状態とは、今日の日本社会においてあるとおりのそれである。「自分が適当と思うままに自分の所有物と身体を処理するように完全な自由の状態」とは、いったい、本当の意味で自由な状態と呼ぶことができるのであろうか。

聖書は、我々があらゆる束縛から解放されることを自由とは言っていない。神のみこころに常に従うことのできる自由を本当の自由と呼んでいる。即ち神の奴隷となることが本当の自由である(ローマ6:22)。

「自然法の範囲内で」という但し書きがついている。自然法が、「『正しい理性の教示』であり、これは人間の自然=本性に根ざした法で理性の正しい行使によってのみ把握することが可能な道徳的な原理」(平野耿、自然法、現代哲学事典、講談社新書)であるとすると、マルキ・ド・サドが殺人を罪ではないと言った場合、これが正しい理性かどうか、どのように決めるのであろうか。正しいとは何かを基準にそう言うのであろうか。

自然法は、神の律法に基礎を置かないので、相対主義である。それは、人間の理性に権威を置くので、時代により場所により判断基準が変化する。聖書は、人間理性は堕落の影響を免れておらず、神に対して反抗的であるので神を排除し、自律的領域を作ろうとする、と言っている(エレミヤ17:9、創世記3:1―12、6:1一12、11、1―9、マタイ27:22―23、マルコ15:13―14、ルカ23:23、ヨハネ19:15 etc」。「従って、もし自然人(natural man: 再生していない人)が、神を求めると言って、普遍的な法を作り出すならば、そのとき、彼は事実上、神も、神の法も必要としないのであり、聖書も必要ないのである。神学者も神からの啓示も要らない。人は彼自身が啓示と真理の原理となり、歩く法の源となる」(Rushdoony, Institutes of Biblical Law, p.685)のである。

自然宗教が神の啓示に基づかないのと同様に、自然法も神の書かれた律法に基づかない。従って、自然法は、ヒューマニズムに道を開き、法の分野において、人間の自律的領域を作り上げてきた。

このように、ロックは、ピューリタンによって少しの間体系化されていた神の律法に基づく法支配の原理を、自然法を導入することによって、世俗化してしまった。

この自然法はさまざまな形で、近代諸憲法の中でその影響を及ぼした。その最も大きな影響は、相対主義的権威と価値観である。人間は、正邪の判断を神の律法に求めないならば、客観的に自らの行動を道徳的に判断する基準を持たない。そこにおいて、人間理性の自律的判断は市民権を得、その自律的判断が、結局自然法の基礎であるはずの神を否定する方向に向かってしまった。啓蒙主義者によって発展した自然法概念は後に、それ自身のうちにある「神聖感覚」を否定した。宇宙の中に働く神の計画性は排除され、宇宙は、あたかも自動的に動く機械のようにみなされ、人格的宇宙は非人格的宇宙に変わってしまった。世界の思潮はダーウィンの進化論をすぐに受け入れ、すべての存在を支配する神の律法から逃れるために、「盲目で無秩序で進化しつつある宇宙」という概念を受け入れた。

このような動きの中で近代憲法は自らの内にある原因によって、絶対権威であるべき神を排除し、相対的権威である人間の理性を神の座に据えた。前述のように、これを法の領域においてはっきり思想として打ち出したのはカントであった。彼は、神や道徳を認識不可能なものとして、認識の対象外に置いたので、法の中に神の権威に基づく道徳性を追放してしまった。ここにおいて、法は、神の律法から完全なる自律性を獲得したのである。

以上のことから、我々は次のことを結論づけることができる。
法の源(resource)を神に求めず、人間理性に求めるならば、即ち、神の律法に基礎づけるのではなく自然法に基礎づけるならば、法は自己崩壊し、相対主義の泥沼の中に沈み込んで、社会を混乱と不道徳の中に陥れるということである。