私が応援団長を拝命したのは2011年(2012年シーズン)の事であります。
2007年から石川ミリオンスターズを皆様と同じ一般のファンの一人として声援を送ってきました。
転機が訪れたのは2011年です。
当時の石川ミリオンスターズはホームゲームでも応援団員の都合が合わず鳴り物応援が無い日が多々あり、大変もどかしい思いをしたものです。
他球団の応援団と同様に、会員制のく私設応援団に入会する事が鳴り物応援をするための条件でした。
私一人で太鼓を叩く事となっても、故郷に恩返しができるならと、私設応援団ミリオンハーツに入会しました。
そんな最中、前団長の退任に伴い、応援団長に推薦されました。
私は当時23歳です。恋人も居て、遊びたい盛りでしたので応援団長就任は拒否しました。
しかし、ファンの方々が「貴方しかいない」と口々に申され、説得される形で応援団長となりました。
私が最初に着手したのは、スタンド総応援団構想による組織改革です。
ミリスタファンの皆さん全てを応援団と定義し、私設応援団のみならず有志で作る応援団の実現を目指しました。
これはBCリーグ運営機構側の「広く応援に参加していただきたい」という意向に沿ったものでもあります。
それまで密室で行われていた応援歌制作を最初に公開した時は15名前後の方々にお集まりいただいたと記憶しております。
現在でも応援歌制作の会議や応援練習はブログやSNSを通じ、開催日時を告知して活動をしております。
鳴り物応援も同様でして、トランペットやドラムをやりたいと言う方がいらっしゃれば私設応援団の会員でなくとも参加ができる仕組みを作りました。
そのため、私の方からなるべく活動を制限する様な事はせず、演奏経験や演奏のレベルも問いませんでした。
「みんなで楽しく応援」が理念でありまして、これに賛同していただいた方々が現在の応援団のメンバーです。
しかし、そこで問題が発生しました。
一般のファン(非私設応援団員)のトラブルに私設応援団は介入できません。
応援をしていただいている皆様を守るために2015年より応援歌統一連合という枠組みを作りました。応援をされている皆様がトラブルに巻き込まれた時に、私の仲裁に整合性を持たせるためです。
上記のように応援の門戸を広げる活動に邁進して来た私が何故「特定の個人にラッパを吹くな」と言わなければならないのでしょうか。
それは一体どこで発せられた言葉でしょうか?
その場に居合わせた証人はいらっしゃるのでしょうか?
それとも私が発信したメールやSNSにそのような記載があるのでしょうか?
もし、その様に思われている方々がいらっしゃるのでしたら、悲しい事です。
誤りを訂正し、再び石川ミリオンスターズの応援に参加したいと言う方がいらっしゃるのであれば、やぶさかではありません。
それが石川ミリオンスターズ応援団の理念なのですから。
行き届かない所も多々ある応援団長で本当に申し訳ないと、いつも思っております。
私一人で来た道ではありません。皆様に支えられてここまでやってきました。
この場をお借りして全ての石川ミリオンスターズファンの皆様に感謝を申し上げます。
こんな私ではございますが、これからもどうぞよろしくお願いいたします。
