冷笑のイメージ


「タイパ社会という形式論理は、正しいとされる目標に群がる人間性を利用して、ヒトの人間性※1を排そうとしている。しかし、いま私たちが生きている世界は、先達の人間性により形成されてきた。今こそ、魂の叫び(情熱)を文章にして人間性を強化することが大切なのである。」※2


情熱のイメージ



ある友達のブログを読んで、上のことに気付きました。


じゃあなぜそれとブログをやるとが関係あるの?


私たちは良くSNSを通じて創作活動をします。

Twitterでは、内省的な事柄を諧謔的に、そして断片的に表現する。Instagramでは、経験的な事柄を承認欲求に昇華する。Youtubeは、オープンコミュニティであるため炎上は避けなければならない。等、SNSもふたを開けて見れば、情熱などはなく、真の意味での創作活動とは言えないのです。


しかし、ブログを書くこととは、リアルタイムの感情を読者目線で文章化し、いつ読んでも理解することができること。つまり、タイパを考えずに、自分を理解し、人間性を伸ばす営みであると言えるのです。


 はっきりいってこのブログも既に「冷笑対象」だと思います。しかし、この情熱が人間には必要であると、ある友達のブログを見て気付かされたため、私もブログを始めることにしました。擬華氏451度を感じたわけだな。


 拙い文章でしたが以上をマルテンサイトの2026/10/21の日記とさせていただきます。


※1 人間性は「人間固有の性質」である。例えば、意志疎通や好奇心、感情表現などが挙げられる。


※2 AIのない時代の実験レポートの考察は?,政府が文化に投資する前の文化は?大卒が稀有だったころの就職市場は?現在ある諸問題に目を向けると理解しやすい。