先の自分へ〜行動を変えるきっかけに -2ページ目

先の自分へ〜行動を変えるきっかけに

今はただ、思いつくまま書きたいと思ったら書いてます。
日記。
吐き出す、的な感じなので今はまだ書いてきたものを読み返す気にはなれません。
でも、いつか、何年か経った時、懐かしく読めるときが来る事を信じて。
そして、少しづつでも行動を変えていけるように。

  ふとした瞬間に、「あれ?」と思うことがこの頃よくある。
   以前の私ならこんな風に考えなかったな、とか、慌てていきなり行動しなくなった場面が多いな、とか、自分の考えと違う人と接した時に、前みたいな、「絶対こっちが正しいのに」という感情ではなく、それもありかも、と思えたり。
   私、ADHD治った?知らず知らずのうちに日々の生活の中でちょっとずつ訓練されてこれたのかな?
   何にせよ、前に比べて、見えないベールというか膜というか、殻に閉じこもっているような、何かを見たり聞いたり、触れたり感じたりしたときにワンクッション的なものがない、そんな感じがしている。
   私は私の人生を生きる。その為に必要な事は、見せかけの謙虚さの裏に隠してる本当は持ってる欲望をちゃんと見ること。
   私、神様でも仏様でもなく、人間だった、当たり前か(笑)
    人よりちょっと「上」に居たかった。
    これがしょーもないプライドか?(笑)
   人間なんやもん、有ってまあ当然なはずの欲望に呑まれるのが怖くて避けようとしてた。取り返しのつかない事をしてしまうかも、っていっつも怯えてた。
   まだ実在していない、我を失って求めすぎる自分を想像し過ぎてた。
    もうそんなのやめよう。そう思って感情を抑えないようにしていたら、真っ先に吹き出した感情の多くは「怒り」。
     その根底にあるのは、「分かってほしい」
     「私、こんなにも出来るの」「頑張ってる」
     「ちゃんと見て」「出来るからやってんじゃない」「必死でそう見えるように努力してんの」「なんの苦労もなく当たり前に出来るように見ないで」「要らない人って思われたくない」
     そして疲れ果てる。毎日毎日。
     あーそうかそうか。
     押し込めた感情に気づいて泣いてなんとなく変われた気になっても、やっぱこうして書くの重要やわ。言葉にして書き出して、目で見る。
    私のずーっと小さい時からの習慣。
    なんでもメモらない。記憶していく。
    だからいつもいつもたくさんの事を覚えていなきゃいけない。キャパがいっつも一杯。何かを終わらせたり捨てたりしなきゃ一杯なのに、どんどん詰め込もうと必死。
   だから疲れる。だから、今抱えてる全てを終わらせないとモヤモヤするから、全部を終わらせないと落ち着かないから頑張ってしまう。
   明日が来てもいいんだよ。
   明日になってもいいんだよ。
   忘れてもいいんだよ。
   たいていの事はなんとかなるから。