サヨナラパーティが開始し自分の客が数名やって来たが、ヤスカワのようにひたすら「結婚したい」で酒も飲まない、カラオケもやらないという客ではわたしも店も盛り上がらない。たいてい彼のような思いつめた客は1人でやって来て会話もはずまずこっちまで暗くなってしまう。イベントの時くらいは明るく騒いでもらいたいのだが、サヨナラだということで余計に湿っぽい話になっていってしまう。


それに、わたし自身がこの店で仕事をするのが最後だというなら、感傷的になってしまうのかもしれないが、リクエストを貰いすぐに戻ってくる。だからそれほど感傷的にはなっておらず、むしろ明日からしばらくはのんびり出来るという安堵感と次回ここでの仕事について考えていた。だがこのヤスカワのような客は店が暇、あるいは、わたし自身の客が少ないかいない時に電話一本でどんな時間でも店に来てくれる。だから次回ここで仕事するときも、重要なわたしの駒だ。


「フィリピンニイルトキモ、イツモアナタノコト、カンガエテル」体を預け涙ぐむ。「マイニチ、デンワナ。アナタノコエキキタイダカラ」おそらく毎日電話してくるだろう。まだこの時はフィリピンにいて、どれだけ客達から電話やメールが来るのか想像もつかなかったが、これらを無視することは出来ないだろう。電話を毎日してきそうな客はヤスダだけではない、まだ他にもいる。


その後、カラオケ好きの客や数名でやってきて賑やかな客が立て続けにやって来て、わたしの方もやっとサヨナラの格好が付いてきた。客によって純情なミルキー、セクシーなミルキー、乗りのいいミルキーを使い分け、それぞれの好みの女を演じた。また客がのってきたところでトカノは一時的にフロアの照明を変え、流す曲を派手なクラブサウンドに変えた。これにはわたしも、そして客達もフロアに出てきていつも以上に盛り上がった。サヨナラパーティはまだこれからだ。

サヨナラパーティは「パーティ」と言っても普段の営業スタイルと何ら変わりないのだが、雰囲気は通常とは違う。特に指名の多いタレントのサヨナラでは客達の熱気というか一種独特な雰囲気になる。この日はまず、エリーのいつもの常連2人が早々に店に現れ、いつも以上に取り巻きも大勢引き連れてきた。テーブルには高級なブランデーや高級フルーツの盛り合わせ、エリーへのプレゼントや花束、これだけで他を圧倒している。


思えばエリーと初めて出会ったのが日本へ行く日のマニラの空港だった。勤めるのが田舎の店と聞いて落ち込んでいる時も、指名が増えず落ち込んでいる時も、いつも助言して励ましてくれたのは彼女だった。タレントとして目指すものは違うかもしれながエリーには本当に感謝している。それにアイラ、レモンやモニカなど個性の強いメンバーがいた中、特に大きな争いも起きず、それなりにまとまっていたのはエリーの影響が大きいと思う。


そんな彼女はこの2人の上客以外の客はほとんどいない。この2人の上客が毎晩のように店にいて、この店の常連はそれを知っている。この2人に対抗してエリーを指名しようとする客がほとんどいないのは、ここが田舎の店でほとんどの客が常連でお互いを知っているからだ。そしてエリー自身がこの2人の客を優先しあえて他の客を取ろうとしていない。エリーがその気になればもっと指名客を増やせるのだが、この2人のどちらかも失いたくないからか、あえて無理はしないようだ。


この2人の上客も互いに意識しエリーを巡り張り合っている。だからエリーはこの2人をとりなし、おだてて、なんとか2人を失わないよう全力を尽くしているのだが、当然その見返りも大きい。そしてその見返りは店や他の女達も受けている。この2人の客は決して1人で店にやって来ることはなく、最低3人は取巻き、取引相手などを連れてやって来るし、その中の何人かは新たな常連として他の女の指名客になっていく。


そんなわけでサヨナラの序盤は完全なエリーの1人の舞台だった。開店早々にわたしにも2組の客が来ていたが、とても対抗できるものではない。別に彼女と張り合う気はないが、バランスを考えれば、わたしには10人以上の客がやって来て対等になる。一歩間違えれば、わたしのサヨナラなど片隅に追いやられ、この夜はエリー1人のサヨナラになってしまう。

サヨナラパーティにむけて最後の同伴相手が誰かに気を使うだけではく、この日に1人でも多くの客を来させるかが一番の腕の見せ所となる。普段の成績も大事だが、ここ一番のイベントでどれだけ客を呼べるかがタレントを査定する上では重要な要素となる。中でもサヨナラパーティは特に真価を問われ、帰国したあとも店のスタッフや客の間でタレントの誰々はサヨナラに何人客を呼んだというのが記録もしくは記憶として残るのだ。


容姿の優れているだけの、要はかわいいだけ、綺麗なだけのタレントは来日し客の掴みが早く出だしはいい。だが客の扱いが下手でサヨナラの頃には客が離れ、サヨナラパーティには大した数の客を呼べなかったというケースは多々ある。反面、力があり技量のあるタレントは6ヵ月の間に徐々に客を増やし、最後のサヨナラにはたくさんの客を呼ぶことが出来ている。


わたしは最低目標を15人としていた。都会の客の多い大箱の店ではもっと客は来るのだろうが、この店では10人来れば合格、15人を越えれば大したものなのだ。これまでだとアイラやレモンなどが20人前後だったから、わたしが15人以上呼べれば店のオーナーやスタッフからも合格点をもらえるはずだ。だからこの数をクリアするには全ての指名客に来てもらいたいのだ。


だが中には嫉妬からか「絶対にサヨナラは来ない」と意地を張る客もいるし、本当に仕事で来られない客もいる。だから自分の指名客から計算し8割から7割といったところがサヨナラの日に店にやって来る。熱くなっている客は黙っていても店にやって来るのだが、反面、月に1回来る程度の客にも地道に電話やメールをして、最後の日には何としても来てもらう、こういう客を1人でも多く呼べるか呼べないかでも数に大きな違いが出てくる。


サヨナラの日、運がいいことに日本では年末年始の休暇がそろそろ始まった時で時間的余裕は多くの客があるようだ。最後の同伴を終え、わたしは最後のメークをし準備を整えた。そして控え室の扉を開けフロアに出ると、ステージを照らすライトがまぶしかった。さあ日本にやって来て半年のその集大成を今こそ見せるときだ。