昼間は暑いけど夜になるとめっきり涼しくなった。
空や風やテレビのシチューのコマーシャルに秋を感じ始める。
昔、まだ二十代の頃こんな秋の晴れた日に一人で電車に乗って軽井沢に行った事があったっけ。
文学少女だった私は立原道造に憧れて信濃追分に行ってみたのだ。
仕事をサボって行ったような気がするから何かしら悩み事でもあったのかもしれない。
あまりに昔の事すぎてよく覚えてないけど。



夢はいつもかへって行った 山の麓のさびしい村に
水引草に風が立ち
草ひばりのうたひやまない
しずまりかへった午さがりの林道を



軽井沢をこよなく愛した道造の、詩の中に登場する信濃追分の光景は悲しいくらいに優しくてどこか孤独だ。
それは若くして亡くなった詩人の姿と重なる。
信濃追分駅を降りた私は一人でほっつき歩いた。
道造のいた頃は賑やかだったようだが、平日のせいか人はおらず寂れて忘れられた町みたいだと思った。
よく覚えてないけど文学館やお寺や別去れを見たな。
遠くに浅間山も。



夢みたものはひとつの幸福
ねがったものはひとつの愛
山なみのあちらにもしづかな村がある
明るい日曜日の青い空がある


夕暮れに一人でいる時など不意に寂しくなると道造の詩を口ずさんだりした。
若い頃の孤独な心情にぴったりだったんだろうな。