久々の投稿になります!

何年振りでしょうか

そういえば、あのブログどうなってるかなと思って見てみただけなんですが、

ブログやっててよかった✨

過去の記憶がほとんどなくって、昔の記憶はいつも悲しい記憶になってたから、見返してみてもやっぱり哀しいんだけど、今までのことを思い出したら

私は、他の誰でもなく私なんだということ

帰るところはいつも私なんだと

それに気付けてホッとしたんですよね。



数時間前、京都の鴨川沿いを歩いていたら、もうこんなことってあるのかなって思うくらいに


いっそ、今すぐこの瞬間を楽に死ねたら消え去りたい。


そう思ってしまった。




もう何度、こういう思いをしなくちゃいけないの、と。



あの元カレで終わったはずなのに、また新しい人に出逢っても同じだった。



好きな人ができても、いつもすぐになくなってしまう。
あるいは、いわくつき。



その人への思いを断ち切るのは、いつも死にたいくらい苦しい。もうこれで何回目かは忘れた。
もう思い出したくもない。


毎回、落ちるとこまで落ちて、毎回底しか
見たことがなかった。


苦しい日々が多かった。幸せだと思えるときも、そのあとに訪れる不幸を考えてしまうので、必ず反動が大きくて


もう幸せであるこに恐怖を覚えてしまうくらい。




だけど、だけど、だけど



こんな私でもいつかは幸せになりたいと思う。



もっと自由になれたらと思う



人生は素晴らしいって思えるようになりたい

生まれてきてよかったって心の底から思いたい


そう思えるようになるのに、仕事では叶えられない



私は、もう出逢っていた。



普通

っていう言葉がどうもひかかって、納得がいかない。


普通が一番ですよ


って言われて、まぁ確かに、前までは普通の幸せが一番だと思ってたけど



Wikipediaで調べてみたら


普通(ふつう)とは、広く通用する状態のこと。普通の『普』は、「あまねく」「広く」を意味する字である。

対義語として、「特別」「特殊」「特異」「奇異」。類義語として、「一般」「通常」「平常」「平凡」「平庸」「凡庸」「(ひら、なみ、つね)」「(なみ、つね)」「(なみ、つね)」「並(なみ)」など。




出る杭は打たれる」「能有る鷹は爪を隠す」ということわざや、宗教史における異端への残害に象徴されるように、社会の中で特別な者や奇異な者は時に袋叩きに遭い、普通であることや平庸であることが求められる。しかし、単に平庸であることは、「ありきたり」「没個性」「長所を持たない」「存在感が小さい」といった厭わしい意味で捉えられることがある





普通の幸せを求めて、このまま何も変えることができないと、おそらく早死にしてるだろう。







今は、特別な人、特別なもの、特別な出来事に出逢えて、こんなに幸せなんだから。。。



産まれたときから、もう運命は決まってるのかもしれない。


挫折をたくさんしてしまってきた人生だからこそ、この特別なチャンスはプレゼントだと思う。





もう、普通の女でも、普通の人なんかてもなくって



特別なんだ




すごすぎる!!



改めて、凄すぎる!!




今までの出来事、全てに感謝!!




ありがとう




自分が消えてしまいそうで、この不安感が不快。


でも、強くならなくちゃと決心したから、この場はメンタルを鍛える場なんだと思いながらいようと思った。



そういう場に行くときは、色のついたトップス着ていこうかなてへぺろうさぎ



ショッキングピンクがいいかも。












今のこのときを皆んなで楽しみたいおねがい

誰かのいいところを見つけられたらいいなー💓