A♡Fam ~年子ママLIFE~ -2ページ目

お母さんありがとう~突然の別れ~

記録のため残しておきます。


2021年年末実家へ帰省し

今年もよろしくね!なんて言った

次の週、1/6(木)母は亡くなりました。


1/4まで年末年始休暇で

1/5に出勤し、その日の夕方父から連絡があり

お母さんが倒れたと今危篤状態だと。


夕飯をみんなで頂きますって言ったすぐに

連絡があり、急いで準備して病院へ。


泣きながら準備して呼吸も乱れ

何を用意していいのかも分からず

がむしゃらに手元にあるものすべて

バックに詰めて、子供達のおもちゃや

お菓子や適当に詰め込んで。


まさかのまさかの為に

喪服も準備しました。


この喪服もずっと実家に置いてあって

年末に帰省したときに

そろそろ自分ちに置いておきなよ~

次はじぃちゃんばぁちゃん(母方の親健在)だし

まだまだ長生きするよ~

なんて言われて持ってきたばかり。

なんならずっと車に積んでて

やっとおろしたとこだった。


妹は美容師をしており、

仕事中だしスマホは繋がらないと思い

急いで職場へ連絡。

私も動揺してたから泣いて連絡してしまい

妹もパニックに。。

妹もそのまま職場から病院へ。


運転出来なそうな私をみて

夫が冷静に運転を。


その間妹やお父さんと連絡をとり

やっと2時間ぐらいかけて病院へ。


お母さんと対面。


全身に管。


見てらんない。つらい。


目をつぶってるだけだと

何度も自分に言い聞かせ

何度も何度もお母さんに呼び掛けた。


でも目を開けることはなかった。


今夜が山ですと言われ

何度も叩いて叩いて神頼みして

その日は乗り越えた。


朝になり脈が安定してきた。


これは目を開けるんじゃないか?

テレビでやってる奇跡が起こるんじゃないか?


小さな期待をしてた。


父も妹もずっと母の隣にいた。


病院の先生から大事な話があると

呼び出された。


運ばれた時点で脳死だったと

もう息を引き取るのを待つしかないと

手術も何も出来ないと。


妹は倒れこみ過呼吸に。

父は分かっていたかのように冷静に

夫は何か他に可能性がないのかと先生に聞き

私、ではこのまま何を出来ず見守るだけですか?と先生に聞いてしまった。

はい、そうですと。

分かっていても辛くて辛くて

先生は坦々と業務をこなすように

冷たい感じで対応しとても苦しかった。


虚しいな悔しいな。


私は子供も一緒に病院に連れてきたため

様子を見たり行き来していた。


夫よ子供達のことありがとう。


子供達は飽きて飽きて

病院内を走り回ったりとても退屈そうにしていた。


まだまだ持ちこたえてくれそうだし

夫達は一旦実家に帰ることに。


その数分後、母は父と妹と私だけに

したかったのか、20:03脈が止まった。


あの脈が止まる音、ずっと耳に残ってる。

テレビで聞いたことはあったけど

実際に聞くと苦しいね。


もう二度と聞きたくない。


もう誰も死んで欲しくない。



続く