前回のブログの続きになります。


わたしは、常に不幸のぬるま湯に浸かっていたいだけなのかもしれない。
はたまた、常に過去にしか固執できない人間なのかもしれない。
自分で自分がわからない。自分の言動や感情すらも本物なのかわからない。
そんなことはもう常になってしまった。



今の恋人と出会ったのは中学1年。違う中学校だったけれど部活は同じだった。付き合ったのは、高校1年の秋から半年間ほど。その後は空白の、__Rと過ごした1年半。
そして、復縁したのは、高校3年の夏の終わりだ。

空白の1年半。わたしはずっとUのことを好きだった、と思う。好きでいた、と思う。でも、Rの献身的過ぎる好意を一度でも拒んでしまったのだから、好きでいなければいけない、揺れてはいけないと、自分で自分を縛ったのかもしれない。自分が一途な人間という清らかな存在でいたかっただけかもしれない。その意識が一番汚いから、汚いと分かっていたから、きっとわたしはそう思いたくなかっただろう。当時の本当の気持ちなんてわからない。あの頃はあの頃で、いっぱいいっぱいだったのは間違いない。

Rは、馬鹿みたいにお人好しで優しい奴だった。どれだけ2人で時間を過ごしたかわからない。どれだけ馬鹿にしあって、笑い合って、支え合って励まし合って、泣き合って、感謝し合ったか。筆舌に尽くし難いとはまさにこのことを言うんだろう。そもそもこの関係性や思い出の一つ一つは、どうせわたしとあいつ以外にはわからないことだ。わからなくてもいい。まあ、とにかく誰よりも信頼し合っていたし、誰よりも愛されていた自信があった。だからといって、Uの代わりに依存していたわけでもなかった。わたしたちがあのまま付き合えていたら、きっとずっとうまくいったと思う。当時のわたしもあいつもお互いそんなことは知っていたし、言葉にもした。「好きになれてたらよかったのにな」、と。

復縁した後の1ヶ月、わたしはRにまともに顔向けが出来なかった。というのも、復縁した後も恋人の情緒が安定せず、付き合ってるのか判然としない状況だったからだ。ほんとはすぐにでも「復縁できたよ!Rのおかげだよ、ほんとにありがとう」と感謝を伝えるつもりだったのだけれど。Rもわたしが彼のことを避けていたことに気付いていたに違いない。
もし、もし復縁できたら、Rとの関係はすっぱり終わらせよう、とずっと前から決めていた。それはせめてもの罪滅ぼしのつもりでもあった。だけどそれはたぶん、きっと、なによりも、わたしがこれ以上Rといるとマズイ、とわかっていたからだ。こんなことを考えてしまっている時点で、まずわたしが汚い人間だということは言うまでも無いだろう。けれど、当時のわたしはまだ自分は綺麗なまま幸せになれると思っていた。

復縁した後、文化祭の準備が始まった。Rは、どんな人ともフレンドリーに会話ができるタイプの人間で、女子ともかなり距離感が近かった。その中でも特に距離感の近い女子と同じ係になっていた。わたしはその時、なんとなく「Rとあの子はうまくいきそうだな」と思っただけだった。


文化祭の2日目、恋人は学校に来なかった。

少しずつ、廊下で恋人を見かけない日が増えていた。

文化祭の1週間後、RからLINEが来た。最初の内容は覚えていない。Rのトークもアカウントも消したから。
覚えているのは、「そっちは復縁できたんだね。俺もあの子と付き合った。」というようなLINEと、わたしが返した「おめでとう。お互い幸せにすべき人ができたのだから、これからはお互い別々に頑張っていこうね。」というようなLINEだ。わたしは、このLINEを受け取ったとき、ほんとに、なんというか、衝撃というか、いや、なんとなくそうなりそうだな、とは思っていたものの、それでも、頭がまっしろになってしまった。よくわからない感情だった。悲しくはなかった。涙は出なかったもの。ああ、そっか、と思った。それだけだった。でも、ずっと心はざわついていた。そのざわついている心に、わたしは戸惑った。

その日の夜にわたしは「ごめん。やっぱりブロックしたい」と伝えた。

その後卒業まで、わたしたちは、会話どころか、視線を交わすことすらなかった。



秋が深まり、受験勉強もいよいよ本格化し始めた頃、ぱたり、と恋人は学校に来なくなってしまった。
受験を控えた教室の雰囲気に呑まれ、恋人は精神を病んでしまっていた。

毎夜電話で死を仄めかす言葉を吐く恋人に、最初は落ち着いていられたわたしも、少しずつ負の感情に呑み込まれていった。彼を支えられるだけの心の余裕が、当時のわたしにはなかった。死なないで、と何度も伝えた。一緒に生きて欲しい、と何度も伝えた。それでも、彼の自傷を知るのはいつも後からだった。どうやったって、言葉が届かない、と思った。毎夜繋ぐ電話は朝方まで続いた。少しずつわたしは億劫になってきていた。自分の中で勉強の価値が上がれば上がるほど、学校に来ておらず、学校のことすら考えさせてはいけない彼と話をするのが辛くなっていった。勉強の話を少しでも持ち出せば、彼を病ませてしまうから。それでもわたしは勉強をしなければいけない。一睡もできなかった日でも、学校に行き、周りと同じように授業を受けなければいけなかった。大切な人が自分で自分を傷つけるのを止められなかった。何を伝えても止めることなんてできない、と半ば諦めてしまっていた。鬱陶しささえ覚えることも何度もあった。そんな自分を最低だ、と毎日思った。自分で彼を選んでおいて、こんな感情になるなんて、許されない、自分はなんて汚いんだ、最低だ。____最低だ。
自分のことを最低だ、と思うと、最低だと批判する側に立つわたしが少し楽になる気がした。でも、批判される側に立ったわたしは死にたくなるくらい苦しくなった。自分を否定することには、麻薬のような中毒性があった。



そして、11月にいよいよ恋人は学校を正式にやめてしまった。

少人数しか受講していなかった朝課外のために来た早朝の冷え切った廊下でひとり、もうこの廊下で学生服を着た彼の姿を見ることはできないんだ、と立ちすくんでしまった。悲しかったけれど、目に溜まった涙で薄暗い廊下がぼやけただけだった。
涙を流す暇も、余裕も、純粋な彼への愛情も、当時のわたしには足りなかったんだと思う。

わたしは、彼がいなくなった学校でひたすら勉強に打ち込んだ。家では彼の言葉を聞き、何か言葉を紡いで、また届かない、と涙を流す日々が続いた。
自分を最低だと思えば思うほど、無邪気なままでいられる他人を見るのが辛くなった。到達しなくてよいところまできてしまった、と思った。この汚れた精神はもう元には戻らないんだろう。

極め付けに、Rは毎日彼女と一緒に教室から帰っていった。
見ないふりをした。見たくなかった。間違いなく、見たくなかった。見たくないと思う自分に吐き気がした。見たくないなんて思う時点で、もうダメだろ。
わたしにはもう、冷え込む暗い雪道を一緒に歩いて帰ってくれる人はいない。

二人が肩を並べて帰っていく後ろ姿を、自分の汚いところと一緒に、毎日参考書で覆い隠した。
その度に、精神がゆがむ感覚がした。


卒業式では、彼の名前が呼ばれるはずだったところで、ああ、やっぱり呼ばれないんだ、と、一滴だけ涙が流れた。
空虚な卒業式だった。


わたしは仙台に来ても何も変わらなかった。バスに乗って流れる窓の外を眺めているときや、夜にイヤホンをつけて歩いているとき、ほかにも日常のふとした瞬間に、Rとの楽しかった時間のことを思い出してしまっていた。ただ、Rのことを好きだったのかはわからない。わたしはRと付き合いたいだとか、会いたいだとか、そういったことは一切思わなかったからだ。むしろ、会いたくなかった。関係を持ちたくなかった。忘れてしまいたかった。ただ、楽しかった思い出を愛していただけかもしれない。自分が大切にされていた時間のことを惜しんでいただけかもしれない。
でも、もしかしたらそれは、初めに自分でかけたかもしれない「Rを好きになってはいけない」という呪いのせいかもしれない。かもしれない、ばっかりで文章が変だって?
だから、本当のことなんてわからないって最初にいったでしょ。わかりたくもない、かもしれないじゃん。

ただ、一つだけ確実だったは、全て自分の蒔いた種だった、ということ。



Rを選ばなかったのも自分。
恋人を好きでい続けたのも自分。
呪いをかけたのも自分。

自分が悪い。
自分は汚い。
自分は最低で、救いようのない人間だ。



そんなことをずっと思っていたら、いつのまにかわたしは精神を病んでいた。大学にも行けず、ずっと家にひとりでいたから、自分自身の評価だけが唯一で絶対の環境だったから、先生も友達も家族も誰もわたしを肯定してくれる人はいなくて、自分を否定する自分しかいなかったから。

わりと本気で死にたくなった。

死ねなくても、消えてしまいたかった。
こんな苦しい思いをし続けるなら、汚い自分は一生変わらないのだから、ずっと付き合い続けていかなきゃいけないのだから、

それなら、もうやめてしまいたかった。

けれども、6月頃には恋人は精神を回復して、わたしを支える側に回ってくれた。それはそれは、人が変わったかのようにわたしを大切にしてくれるようになった。



これでハッピーエンド!

とはならなかった。 なれなかった。


わたしはいつのまにか、恋人の「好き」に、「わたしも好き」と返せなくなっていた。
自分のことを汚い人間だと思うあまり、こんな自分が好かれるはずがない、好かれて良いはずがないと思うようになってしまい、素直に恋人の好意を受け取れなくなってしまったのだ。

わたしは困ってしまった。
たぶん、Rのことが少なからず原因にはなっているはずだけれど、どうしたらこの精神状況がよくなるのかわからない。
それどころか、ひどい時は「よくなりたい」と思えない、前を向きたくない時すらある。前を向くことが苦しいのだ。どうしようもなく、辛くなってしまうのだ。全部自分が悪いのに、こんな苦しくなるのだって自分が悪いのに、好いてくれている人にまで迷惑をかけて、ああ、こんな自分が前なんて向けない、向きたくない、もう全部辞めてしまいたい、と。


恋人は、「俺は絶対君のことを諦めないから、ゆっくりでいいから幸せになろう」と言ってくれる。
会いたいと言えば、いつでも会いに来てくれる。
会えば、必ず可愛いとか、好きだとか、愛情表現だって欠かさないでしてくれる。
わたしが、ここに書いたことと同じような内容を話したら、泣いて抱きしめてくれた。

大切にされている。



それでも、わたしは、困ったことに、彼の愛情を素直に受け取れないのだ。いつも言葉に詰まってしまう。


__わたしは本当にこの人のことを好きなのか?

__もしRのことを引きずっていて、この人のことを純粋に好きなわけではなかったのなら?

__わたしは、彼の愛情に見合った、綺麗で純粋な100%の愛情を返せるのか?

____こんな汚いわたしで?


そんなことを思っている気がする。

わからない。

常に不幸でいたいだけかもしれない。不幸でいることは、自分を物語の主人公にしてくれるから。自分を綺麗な作品に仕立て上げることができるから。

失ったものしか愛せないのかもしれない。悲しい歌を聴いて抱き締めていたぬいぐるみが、恋人からRにすり替わっただけかもしれない。恋人が隣にいてくれるようになって、手持ち無沙汰になったから、悲しくなるためにRを手元に置いているだけかもしれない。

後悔って、美しいから。




わたしがこの文章を書いたのは、わたしが前に進むためです。
そうです。前に進みたい、と思えるようになってきたのです。
でも、まだぜんぜん進めてません。
進んでもいいかな、と思えることが増えた。それだけです。

今でもよく後ろを見ます。

それが汚いことだと、ずっと自分で自分を責めてきました。
でも恋人はそれでいいと認めてくれました。

病むことも成長の一つだ、と恋人は言ってくれました。そのときは、手っ取り早くわたしに前を向かせるための薄っぺらい言葉だと思いました。
でも前、同じことを言っていた人がいました。そこで初めて、ああ、そういう考え方をしてもいいんだ、と思いました。


時間はかかっても、前に進んでいきたい。
まだ正直先は見えないけれど。
進みたいです。


進んでいきたいです。