汚れたセカイを知った日のこと。
中学3年生。寒い日だった。とある弁論大会に出場することになり誰もいない職員室で担当教員と2人、確認をしていた。会場へ車を走らせる中、先生は言った。いいか、世の中ってのは汚ねぇもんだ。送り出さなきゃならない立場でこんなことを言っちゃいけないが、お前はこの大会を勝ち上がることはできない。参加した者には全員“優良”という賞が与えられるが“優秀”という賞はほぼやってこない。それでも俺は教師としてお前を大会に送り出さなきゃいけない。それでも、どんな結果になっても、俺はお前の論文が1番だと思っている。俺が選んだんだ。どんな結果でもいい。胸張って言ってこい。そんなようなことを言われた。早くから大人で在ろうとした僕は、なんとなく察して、受け入れてしまった。同時に、強く背中を押された。論文を読み上げている時、真っ直ぐと向けた視線の先に、母を見つけた。僕の持病について語った論文。辛かったこと、それにより気付いたこと、母から教わったこと、社会に対して望むこと、今思えば子供らしからぬ論文だったかもしれない。これを聞いた母がどう思うか、とても不安だった。なのに気付いたら、原稿用紙を殆ど見ずに、自らの言葉で、話していた。15歳の僕から、社会への嘆き。漠然とした叫び。真っ直ぐと、投げて。終わると、なんとなく潤んだ目のまま笑顔をみせた彼女がいた。勝ちたいキモチはなかった。それでも結果が決まっているなら、やりきりたい。そう思って望んだ結果、やはり優勝はできなかったが、僕のココロはとても晴れやかだった。学校に戻り、また2人だけの、職員室。先生が唐突に言った。お前の名前、漢字珍しいよな。この名前なら、大丈夫だ。何処に行っても、大丈夫だ。だからな、自信持って生きろ。やっぱりお前が1番良かったぞ。汚ねぇ大人ばっかりで、ごめんな。僕が名前の漢字に拘る理由は、これ故だ。間違えられることは多いけれど、それでも変えたくない、拘る理由は、これ故だ。教育委員会から戻ってきた先生、貴方のお陰で、大嫌いな大人に、希望なんか全然持てなかった未来に、失望しなくて済むようになりました。審査員長を務める先生の学校の生徒が優勝すること、先に諭してくれたこと、僕は感謝しています。世の中には、知らなくてもいいことは沢山ある。反対に、知っていると豊かになれることも沢山ある。程良く吸収して、程良く跳ね返して、程良く、生きていきたいね。そんなことを思い出したのは、きっと今日の天気があの日に似ていたから。僕は今も、自分のあしで、歩いています。纏まりないな。