浅田真央へのファンレター

 ~ソチ五輪FSの演技によせて~


 浅田真央は泣いていた。


 人は悲しくて泣き悔しくて泣き嬉しくて泣く。感情の針が極限まで振れた時、それは涙となって現れる。この時の浅田の心は様々な方向に極限まで振れ、爆発した感情は涙を抑えることができなかった。

 浅田は涙を見せる前の4分間に、生涯最高のフリースケーティングを演じていた。そしてその演技はフィギュアスケートという競技がある限り永遠に語り継がれるであろう伝説的な演技であった。


 時計の針を少し戻そう。

 前日のショートプログラムは悪夢だった。長く浅田を担当しているローリー・ニコルが振り付けたショパンのプログラムは浅田の魅力と才能を存分に引き出すことのできる名プログラムである。

 しかし、ひとつのジャンプのミスが全てを変えてしまった。

 トリプルアクセルの転倒である。

 転倒後の浅田は動きに生彩を欠き、続く二つのジャンプ要素にもミスが出て16位という順位に沈んでしまう。バンクーバー五輪からの4年間、ソチ五輪での金メダル獲得を最大目標に努力を重ね競技を続けてきた浅田にとって、また浅田が金メダルを取ることを願い、祈るような気持ちで応援してきた者にとって思いもよらない結果であった。首位の選手とはおよそ20点の差である。浅田真央の金メダル獲得は絶望的となった。


 フリースケーティングが始まるまでの21時間を浅田はどのような気持ちで過ごしたのだろう。この短い時間の中で、感情を整理し競技に向かう強い心をもう一度作り上げて高難度のフリースケーティングを演じることなど不可能ではないかと、多くの者は考えた。そんなことは奇跡でも起こらない限りありえないと。しかしわたしたちは奇跡を目にすることとなる。


 浅田真央のフリースケーティングの演目はラフマニノフのピアノ協奏曲第2番である。選曲し振り付けたのはバンクーバー五輪シーズンまでのコーチであったタチアナ・タラソワだ。タラソワはバンクーバー五輪のフリースケーティング「鐘」と同じ作曲家を浅田のために選んだ。

 ラフマニノフは19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍したロシア出身の作曲家である。音楽史の中では、ベートーベン以降連綿と連なるロマン派音楽の掉尾を飾る作曲家だ。ピアノ協奏曲第2番は彼の作品中、最も有名で人気のある作品の一つで、流麗で美しいメロディと共にピアニストにとって超絶技巧の難曲として知られる。ラフマニノフは先に発表した交響曲が酷評され、作曲活動が出来なくなるほどの精神的打撃を受けた。その苦境から脱するために悪戦苦闘しながら創作したのがこの協奏曲である。そしてピアノ協奏曲第2番は絶賛をもって世間に迎え入れられた。

 タラソワはこの協奏曲の第一楽章をアレンジして振り付けるにあたり「困難を克服すること」というテーマを浅田に与えた。浅田は華々しいシニアデビューの後、何度もスランプに陥りながら、その都度技を鍛え表現を磨き自らを高めてきた。バンクーバー五輪で金メダルを逃した後も、佐藤信夫コーチの元スケーティングを基礎から見直し、さらなる高い技術と表現を身につけてソチ五輪に臨もうとしていた。タラソワの頭には苦闘する浅田の姿とラフマニノフの逸話が重なったのかもしれない。

 「困難を克服すること」

 皮肉にもショートプログラムの結果はこれ以上ない困難な状況を浅田に与えてしまっていた。


 ソチ五輪フィギュアスケート女子フリースケーティング、第2組6番滑走。

 浅田真央がリンクに乗る。演技前の1分間、ゆっくりとリンクを一周し最初のジャンプであるトリプルアクセルのイメージを確認する。リンク中央で正面を向いて静止し、ふうっと息を吐いて下を向いた。


 静謐の中、鐘の音を模したピアノの荘厳な和音が響く。浅田は落ち着いた表情で演技を開始した。和音のクレシェンドに合わせてスピードを上げながらトリプルアクセルの態勢に入っていく。跳ぶ。高くて速い回転のトリプルアクセル。流れのある美しい着氷。今シーズン初めての成功だ。オーケストラは流麗な第一主題を奏で始める。トリプルフリップ-トリプルループのコンビネーション。ジャンプが軽い。これも美しく着氷する。続くトリプルルッツは踏み切るときにややインサイドエッジとなったが、流れのある着氷からスピンの態勢へスムーズに移っていく。キャメルスピンからY字ポジション、チェンジフット、シットスピン。美しいコンビネーションスピンだ。優雅につないで二つ目のスピンへ。軽やかなバタフライからキャメルスピン。そしてフリーレッグを背面でキャッチしてのレイバックスピン。ポジションが美しい。

 音楽はヴィオラの序奏からピアノが奏でる第二主題へ移っていく。浅田は甘美なメロディに合わせてため息の出るような美しいスケーティングを繋いでいく。音楽もまた浅田のスケートに寄り添うように流れている。

 演技は後半。オーボエの音色に導かれてダブルアクセル-トリプルトゥループのコンビネーションジャンプ。ファーストジャンプは飛距離がありセカンドジャンプは高さがある。次のトリプルサルコウはかつて浅田が苦手と言われたジャンプ。これも美しく降りる。ピアノから第二主題を引き継いだ管弦楽が曲を盛り上げる中、トリプルフリップ-ダブルループ-ダブルループの流れるような三連続ジャンプ。勢いを増すスケーティングからトリプルループを正確に決める。八つのトリプルジャンプ、すべて成功だ。

 そして三つ目のスピン。キャメルスピンから美しいウィンドミル、シットスピン、チェンジフット、レイバックからビールマン。回転が速くすべてのポジションが美しい。

 プログラムはクライマックスのステップシークエンスを迎える。

 MaestosoAlla marcia 管弦楽が奏でる第一主題を伴奏にピアノは行進曲風のメロディを荘厳に歌い上げる。浅田のステップは力強く躍動感にあふれ、エッジワークは細かく、深い。最高難度のジャンプを飛び続けた後とは思えない動きの良さ。いや、ジャンプを全て成功させたが故に残すことのできたエネルギーの爆発、そしてスケートの喜びを体全体で表現する舞いである。まさしくそれは勝利の女神の行進。アテナのステップだ。

 コレオグラフィックシークエンス。浅田のスケーティングは演技最終盤になってもスピードが落ちない。美しいアラベスクスパイラルからフィナーレ。左手を後ろに引き右ひじを斜め前方に突き上げ、天を仰ぎ見て演技を終えた。

 浅田真央は困難に打ち勝った。

 それは女子フィギュア史上最高のフリースケーティングが完成した瞬間であった。


 そして、

 浅田の感情は爆発した。

 その泣き顔はこれまで見せたことのない泣き顔であった。

 観客の歓声に応えるためにリンク中央に戻る途中、浅田は一度大きく頷き、顔を上げた。晴れやかな笑顔だった。グランプリファイナルを勝った時も世界チャンピオンになった時も見せなかった心の底からの笑顔を、このとき浅田は見せてくれた。


 浅田のフリースケーティングは超絶技巧の構成である。トリプルアクセル、トリプルルッツ、2回のトリプルフリップ、2回のトリプルループを含む8回のトリプルジャンプを跳び、速度も強さも失うことなく複雑なステップシークエンスを演じなくてはならない。

 しかし、この日の浅田はその空前絶後のプログラムをやり遂げた。それも、最高の音楽表現を伴って、である。

 フィギュアスケーターとしての浅田はジャンパーのイメージが先行しがちであるが、バンクーバー五輪以降、スケーティング技術、音楽表現力も格段に向上し、世界最高水準となった。また、浅田ほど複雑な動きで演技要素を繋いでいく選手は彼女の他にいない。

 フィギュアスケートの優劣はジャンプなどの技術力が優先されるのか、芸術性が優先されるのか、長く議論されている。浅田がソチで演じたラフマニノフ、ピアノ協奏曲第2番はその議論に明確な答えを与えた。技術と芸術、両方を究極レベルで共存させることは可能であり、それを出来る者が至高である、と。


 ソチ五輪において浅田に金メダルが与えられることはなかった。

 浅田真央を女子フィギュアスケート史上最高の選手であると信じ、心から応援していたファンの一人であるわたしは、何としても浅田に勝ってほしい、金メダル以外は負けであるという気持ちで五輪の演技を見ていた。しかし、浅田のフリースケーティングを見終えて言葉では表現できない清々しさに包まれ、そして理解した。

 わたしたちが望んでいたのは金メダルではなかった。

 浅田真央が最高の演技をして、心の底からの笑顔をリンクの上で見せること。

 それこそがわたしたちの望んでいたものだったのだと。

 そして、望みは叶ったのである。