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”完璧”と言う言葉が好きだった。

小さな頃から完璧を目指していた。
それはつまり、完璧を演じるということであり、見せ方を知ったのはいつ頃だっただろうか。

なにもかもが完全に整っている。そんな状況に胸はいつも高鳴った。
スターバックスでカフェモカを頼んで時間が経つに連れ少しずつ氷が溶け分離していくあの瞬間なんて、とうに許せないのだ。だから、私はトールサイズ以上の大きさを選ばない。飲み物が旬を逃して行く前に私の胃に収めてしまうのだ。あぁ、なんて完璧な昼下がり。

それが今この瞬間、私は時間が経ったカフェモカを受け入れようとしている...!

自分の思い描く通りに全て人生が上手く行くとは限らないことを私はつい最近学んだ。
そう、ある時は溶けきったカフェモカまでもを受け入れなければならない時もある。

スタイルを持つこと、強い信念を持つこともそれはそれは大事だ。
皆、それを持った魅力的な人間になろうと自己啓発本に必死にかぶりついている。

しかし、そんな素敵すぎる人生を生き続ける事は不可能であることをある日突然知らされる。

そこで、初めて分かるのだ。
不完全さを認めてこそ、完璧さがより際立つことを。

一箇半箇 (いっこはんこ)
と言う禅の言葉がある。
一箇半箇は一人または半人のことで、
本当に法を伝える人間は、数少なくてよい。むしろ漏らすことなくすべての教えを徹底的に教え伝えなさい、という意味である。


あらゆる恋愛本を読んで培われた術とか
夜明けまでとめどなく溢れる女の相談事とか、
計算し尽くされた髪や化粧までも
すべてアペリティフになってしまうかの如く、私達のメイン・ディッシュは会話に尽きる。


一晩中喋っていてもまだ足りないと思わせる。その才能に私は初めて言葉を交わしてから今もなお魅了されつづけているに違いない。

キスや体を重ねた時に感じる幸福感とはまた一味違う。それはもう言葉にならない恍惚の境地。メイン・ディッシュが運ばれて来た時の期待に胸を膨らませるのに似ている。


今までの私の恋物語は、メイン・ディッシュのないフルコースのようだった気もする。何か足りない。何か味気ない。デザートのようなキスと抱擁の日々。よく分かったような顔をして、何も分かっていなかった。

言葉で満たされるメイン・ディッシュを私はこれからもたっぷりと堪能したい。
そして、有る程度言葉で満たされたのなら食後のデザートにうっとりとすれば良い。
そう、だってデザートは別腹って誰かがうまいこと言ってくれているから。



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