♀へ性転換実話
――あのひとの夜は、まるで
わたしだけを招きいれる
夜の山だった。
そこはいつも雨あがりで、
だれも映さない
澄んだ水滴がしたたっている。
鼻腔に、濃密な葉の、かおりが達して、
あしもとはずぐずぐと泥濘する。
素肌のまま。
ありのままにわたしは汚れる、
こどものように
汚れられる世界だった。
世間をしらないわたしにとっては、
とても
原始的だったと、おもう。
生の、いのちの、
かよい合う
緊迫しつづける、心地。
1回して、
2回をねだって。
3回と、4回目とをして。
この森に終わりなんてないと
闇が晴れることなんてないと
日がさすことなんてないと
幼いわたしはおもっていた。
それでよかった。
だってこの夜には
わたしだけが温かくて、
わたしだけを温めてくれるから。
安堵していたんだ。
それでよかったはずだった。
夜には、
ありのままのわたしで
いられることが、許される。
すきなメイクも
こだわりのコーデも
自由だ。
だれにも咎められることがなくて、
そしてそれらを褒めてくれて、
わたしの思いを理解してくれるひとがいる。
そのあとは、
思いをきちんと形にして、
生肌にふれて、愛撫してくることが
愛なのだと。
はじめからすべて
勘違いしていたのはわたしだけ
だったのだろう。
やがてそのひとは
わたしを迎えにやってきて、
わたしという、からだを迎えにやってきて
要を済ませたら、
ものをおくりとどける仕事のような顔で、
セダンを帰路にむけるようになっていった。
それに比例して、
わたしはもっともっとと
美しく眉をひき、
一寸のブレもなくマスカラの一本をたてて、
おとこが好むであろう洋服に
傾倒してゆく。
それでも扱いはかわらない。
むしろわたしは、注文をうけて
そして届けられ、返却されるだけの
からになった容器のような
みられかたをされていることに
それは早くから気がついていたのに、
でも。
やっぱり気がつきたくは、
なかった。
未来をみたくなかった。
いつまでも闇夜に、
かくれていたかったのだとおもう。
ねえ。どうしてそんなに冷たいの！
こんなの。ただの。
欲を処理してるだけの
関係じゃん……。
ちがうよ？
おれはおまえを大事にしているよ。
嬉しいんだろ？
だってほら、こんなにもおまえの
からだってさァ。ここがさ、
こんなにもさァ――。
そういってあのひとは、
わたしの裾に手をいれてきて、
うんと冷たい太ももに、つたうように
指をすべらせた、
そのとき。
わたしは涙ながらに
やめて！！
と叫び、
反射的にその手を
はじいた。
音は、この夜の
セダンのなかだけに響いて、きえた。
ここが、夜の山の、美しい月夜と
温もりと。その静けさだけだと
わたしはおもっていた。
信じていた。
でも。
違ったんだ。
ここはぽっかりとあいた、穴の底で、
この穴ぐらの外は一面、ひのあたる、
にぎやかな日常の世界で。
その向こうの明るい世界からわたしは、
ただ逃げていたに、
すぎないってこと。
その世界から呼ぶ、無数の声に、
耳を塞いで閉じこもっていただけのこと。
振り払った手を、涙でまたはじいて、
さらに追ってくる手をほどいて
わたしはセダンの助手席から逃げ出した。
もっと。
もっと、わたしは
ありのままに、ふつうに。
ふつうになって、生活がしたいだけだよ。
ひのあたる道を、ふつうに、
歩きたいだけだよ。
本当は、
ただそうありたかっただけなんだ。
その日を区切りとして、
わたしは
そのひとと会うことをやめた。
連絡も無視をきめこんだ。
ネットを介して、
海外の不確かな女性ホルモン錠剤を
個人輸入することができるとしってからは、
こうどうは早かった。
これを飲みはじめたら、もう、
本当に戻ることができない。
けれどそんなことは問題ではなかったし、
むしろありがたいという
きもちでいっぱいだった。
いちめんが闇の、
まっくらな世界のなか、
その1錠の薬が
かがやいてみえたものだ。
わたしは迷うことなく、
ホルモン剤の服用をはじめることとなる。
それは17歳の、
冬の入りのことだった。
※当事者で、
個人輸入をされている方、
検討している方へ
わたしは、女性ホルモン剤の
個人輸入については
（自分でやっておいてではありますが）
大反対です。
じっさいに服用していた
経験から申しあげています。
海外から輸入するホルモン剤には、
偽薬もおおく、あるていど信頼の
おけるサイトや会社からであっても、
品質の差や、副作用はまぬがれません。
ホルモン薬は、魔法の薬ではありません。
あるていど成長したからだでは、
表面だけはかわりますが、
骨格などにおける内部の女性的変化は
おこらないに等しいです。
辛辣なようですが、焦る必要はないので、
（焦って服用しても、効果がはねあがる
ことはないので）
しかるべき診断を受け、医師のもと、
正規の薬品の服用。
定期健診をおすすめします。
むしろ定期健診させられます。
ホルモン剤は、いってしまえば劇薬です。
わたしは現在おもうのは、
効果にたいしての副反応は、
バランスがとれていないと思います。
悪い面のほうがおうおうにしてあります。
（保険に入れないなど、社会的な面も含め）
極力、さけてとおれるのならば
それに越したことはありません。
しかし、その道をとおるとしても、
安易な方法を選ぶことはおすすめしません。
この記事は、それを斡旋するような
目的で記していないことを、明記いたします。
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