バンクーバーに行ったことを最近よく思い出す。
写真を見るたびに、うきうきして、元気が出る。

高2の自分は、とにかく留学に行きたかった!
で、先生との約束で期末テストで1位になったら
カナダに1年間交換留学行っても良いよと言われたので
めちゃくちゃ頑張った結果...それでも4位 (涙)

ということで、留学出来ない!!と分かった途端
かなり強引に夏休みのバンクーバー行きを決めた。

まず、留学生の友達(写真に写ってる男の子)に連絡して
滞在先を確保...したけど、今思えばMSNを使って
「泊まっても良い?」「良いよ!」みたいな会話だったので
実際行ってみるまで、本当に迎えに来てくれるかとか
わからなかったけど最悪ホテル探せば良いとか思って行った。

実際、バンクーバーには彼のほかに2人友達がいるけども
彼の提案で、みくが来ることはサプライズにすることに。

なので、本当に乏しい英語と好奇心だけで
単身バンクーバーへ。



彼は言うまでもなく金持ちだったのでお家が素敵だった~☆
自然がいっぱいの高級住宅街に佇む家。

実際、バンクーバーで何をするかとか一切決めずに行ったので
ただただのんびり過ごすつもりだった~。
けど、サプライズ決行し、友達2人にも滞在がバレると
「家にもぜひ泊まってよ!」ってことで
結局3人のお家を転々としたよ。

しかも最初の彼はカナダ人、1人は韓国人、
もう1人はポーランド人ってことで本当に多彩な文化を
短いホームステイによって一気に経験できた☆

いろーんなところにも連れてってもらって
結果かなり観光もできたし、ご飯もほとんど作ってもらって
お金も全然使わなかった!



しかも、日本に戻る前日が誕生日で!
お祝いまでしてもらった(^^)☆



かわええ。惚


本当に本当に恵まれた2週間だった!
3つの家族はみんな信じられないほど優しくて。
突然日本から来た自分を、家に招待して泊めてくれて、
ご飯を作ってくれて、観光にも連れて行ってくれて。

もーう、今考えるとよけいにありがたみを感じます。



で、今年の夏、5年ぶり?にバンクーバーに行こうかと。
今回はもう3人中、2人には言ってあるけど、
前回同様、はっきりした滞在先は決めずに行こうかなって。
それともう大人だから、ホテルやモーテルに泊まるのもありかな。

でも、前回よりも英語力は上がったはずだから
前優しくしてくれたそれぞれのファミリーにまた会って
ちゃんと感謝の気持ちを伝えたいなって思う。

友達も皆成長して、きっと話すことは沢山あって
なんなら「今は車もあるしどこでも連れて行けるよ~」とか
自由度が増してますねw

たのしみだ!

あと、できたら...語学学校とか大学の下見や
情報収集も兼ねていこうかなって。
いつかは絶対留学するので。

それと、バンクーバー滞在のあとは下にくだって
シアトル、ロサンゼルス、サンフランシスコ巡りもしたい!
ああああ~、やりたいことばっか!笑

現実逃避すいません。

結構まじめに考えてるけどね~~




自分が生きてきた中で
これから生きていく中で
きっとずっと一番大切にしていきたいツールは
「コミュニケーション」

なんでかっていうと
それが無いことがどれだけ辛いか
どれだけ悲しいか、知ってるからだと思う

だけど、そんな悲しい自分を救ってくれたのも
また「コミュニケーション」で

コミュニケーションは、全てのはじまり
このツールを使えば、人を殺すことも救うことも
傷つけることも愛することも、だいたい何でもできる

その両方を知ってるからこそ
自分がずっと大切に守っていきたいものでもある。




キリスト教を勉強して学んだものの一つに
「コーリング」っていうのがある。
簡単に言うと、神に与えられた生涯に渡る使命のようなもの。

例えば、マザーテレサは17歳くらいのときに
電車に乗っていたらふと、神からの「コーリング」を受け
生活を一新し、その後の生涯を貧しい人たちのために捧げた。

べつにキリスト教を信じてるわけではないけれど
この「コーリング」はある種の「使命感」でもあるから
きっと誰にでも、少しはあるのかもしれないと思ったりする。

少なからず、自分のコミュニケーションに対する思いは
コーリングに近しいものがあるのかもしれないと思う。


きっと本能的に、潜在的に、
自分を救う手段はコミュニケーションしかないと知ってる。

実際、自分はコミュニケーション能力に関しては
本当に乏しいと思うし、積極性もイマイチだと思うけど
人を大切にしたいがゆえ、コミュニケーションは大切にする。

まずはそうやって向き合わないと
何も理解できないし見えないし、何より寂しい。

だから自分はずっと英語を勉強してるし
どうにかして自分と周りをつなげるツールを探し続けてる。

うーん。
今までちゃんと向き合ったことがなかった
自分の一面を最近知ったよ。

これからどうやって生きていこうか。
どうか、こんな自分でも役立てることがあればいいな。


一年前のちょうど今日、生活は大きく揺れた。
もう一年経つのかと思うと、本当にあっという間だったと思う。
本当に昨日のことのようで不思議でしかない。



あの日生まれて初めて
世界が終わったような気持ちになった。

震災が起こった時、自分はバイト先にいて
起こった後も揺れながら普通に働き続けて
たくさんの不安な気持ちを抱えた方を
少しでも安心させたくていっぱい笑顔で会話してて

あの災害時に少しでも誰かの役に立てたなら
本当に良かったなと思う。

ただ、寒い中家に2時間かけて歩いて帰ったあと
初めてテレビで東北の映像を見て、怖くなった。
あんな津波、本当に初めて見た。
映画よりもリアルで怖くて怖くて。
あの水の中に沢山の人が流れてると思うと
心が苦しくて仕方なかった。涙が沢山出た。

しばらくして原発が爆発して、もっと怖くなった。
想定外の災害が、起こり続けてた。

いつの間にか「計画停電」が始まって
寒い中、暗い中、一人で震えて、眠れずに
コンビニやスーパーは買いだめで凄い状態になるし
でも食料もほとんどないし、孤独で絶望しかなかった。

もちろん予定してたバイトもしばらく休み。
家でただ、ニュースを見るだけの日々。
どこにも行けない、誰にも会えない。

でも、東北の被災者の方は、家がない。
家族がいない、お金も財産も食べ物も全てない。

自分にも、何もできない。
ただ、傍観するだけ。

あんな日々はもう二度と来ないでほしいって
心から思う。





それからの日々は、とにかく辛かった。
いろんなことを考えた。
自分にとって大切なものは何か、考えた。
自分という人間を守ることを、考えた。

でも、一年経った今自分はこうやってまだ考えてる。
正直、何も変わってはいない。

今日という一日は本当に儚い一日です。
毎日がそうです。
自分にとって大切なものは
無くしてから気付きたくない。
だから毎日考える。


今日、偶然にも去年と全く同じ時間帯にバイトがある。
去年は早めに閉店して、クローズまで働けなかったけど
今年はきっと、大丈夫。

できるだけ沢山のお客様の笑顔を見ようと思う。
できるだけ沢山のありがとうを言おうと思う。
それで経済が少しでも豊かになって
被災地へも復興に繋がればいいなと願いながら
自分は自分のできることをしっかりやろう。

まず、今日という日が来たことに感謝しよう。


自然とは、人間とは、月日とは、儚いものです。
それを知ったのは、去年の今日。

明日がある保障はない。
だから毎日正直に生きてる。

悩んでばっかの自分やけど
大切なものはいつも知ってる。

今日は、特別な一日。


震災にて亡くなった方々のご冥福を心からお祈りします。
今日一日、彼らのために一生懸命生きます。