これを日記に表示したくてかきました。
私は、今日泣く泣くとお腹にいた赤ちゃんと
さよならをしてきました。
一緒にいた時間は、3ヶ月。もうすぐで4ヶ月にはいるとこでした。エコーでみる自分の子は、あんなに小さかったのにとっても大きくなっていて、寝方も自分にまで似ててとっても可愛い子でした。
ほんとにこの胸の中で抱いてあげたかった
産んであげたかった
子の父は、子供ができたときは泣いてとっても喜んでくれました。でも、普通の人とはちょっと変わっていて、赤ちゃんはできたのは嬉しい事だったんだろうけど、それがストレスになったのかその日からだんだんと態度が変わって行きました
私は、妊娠がわかった日から体調が悪くなったり、気持ち悪くなったり、食欲があったりなかったり、体重の増えたり減ったりの繰り返しで、妊娠症状でもあったけれど、ストレスもあったのかなって今では思います。
私が生まれてきた環境、家庭は、過保護の家でした。
彼氏とのお泊りも禁止だったし、彼氏ができたら挨拶にこさせるのが基本でありました。
また門限は、必ず夜の22時でした。
プラス、お母さんお父さんがどっちも共働きってこともあって家事をやってから遊びに行くとゆーのが基本の習慣でした。
けれどいつから自分は、家族にはとてもつくしていたとこの時は錯覚していたのかもしれません。
私は、小学校中学校と苦労なく毎日楽しく過ごしていました。けど、中学校から高校にあがるまで、自分はたくさん勉強して、行きたい学校がありました。
けど、あわよくば、偏差値が足りないということで
ワンランク落として、落ちないとこの高校に通うことになりました。けど、そこの高校は、昔からずっとお母さんがそこに通ってほしいといっていた学校でした。けど、自分はそこに行ってもこの先なにがあるんだろうと不安ばっかりでしたが、偏差値も余裕があったため、すぐ受かることができました。
そこからも、ぐれることなく、わたしは親の念願の大学生になることもできました。
親には苦労させることなく、してほしいことは全部叶えてきました。
そんな話はいいだろうと思うかもしれないんですけれど、自分はみんなが遊んでる時に勉強したり
塾にいったりなどなど、、、
とレールに沿ったままの道をすすんでいたためはじけたくなってしまった時期いま重なってしまったとおもっています
子の父とは、
付き合った期間は3ヶ月でした。
その彼氏とは、今までしたことない事をしてみたり
お互い友達を紹介したり彼氏の家に泊まったり親を紹介しあったり、今までにはないんじゃないぐらいか
の幸せを感じたときもありました
けど、彼氏は1ヶ月たったときから暴力をふるうようになってきてわたしの体は日に日にあざだらけになっていきました。
くびをしめられたこともあるし、お腹に赤ちゃんがいるってわかってて膝蹴りをされたことも、跳ね飛ばされて、首輪のようにクビに腕をまきつけられたことも、手を強く掴まれてあざだらけになったのも、たくさん経験しました。
親から電話きたから帰るっていって帰らせてくれなかったこと、無理やり彼氏の家に入れられたこと、
跳ね除けようとしても力が強く跳ね飛ばされてばっかでした
赤ちゃんには、毎回ごめんねって気持ちばっかあったしこんな人父親でいいのかなとききたくなるときもありました。
赤ちゃんは
親を選んでは生まれてこれない子もいる
そんな親で信じてくれる子もいる
こんな状況でごめんねの気持ちばっかりでした
一度は、責任を負い、結婚するまでの話もいったことがあり、両親も賛成はしてくれたんですけれど、
この暴力がなおるをわけでもないのに、誰にも相談できないなかこのままこのひとと永遠に一緒にいると
考えてみたら私は、一緒にはいられないとおもい、
結婚をやめ、別れを選択しました
けれど、それもどうもこうも上手くいきません。
事はなにも上手く動いてくれませんでした。
父の子は、1度昔に中絶させた経験があることによって赤ちゃんの執着心が誰よりもすごかったです。
きっと、昔の気持ちがぶり返したのかわからないんですけれど、、、、
でも、もし、私は産むとしても1人で育てるし、
あなたと一緒にいる将来はないとまでつげました
けど、それを理解してくれず、
事がどんどん大きくなっていき、
大変になっていきました。
数日後、落ち着いた日に2人で話をしたときに
俺といる未来がないなら赤ちゃん下ろしてほしい
とつげられました。
私はその言葉に傷つき、だまりこんで怒鳴ってしまいました、
結局、赤ちゃん宿らせておきながらなんもしてくれないし、自分の好都合で全部かえていくんじゃんとおもいました
結局そこまでのひとだったんだなって
私は、父の子の態度や行動を全部なおさせようと
頑張ったときもありました。暴力、暴言だったり、
色々、、でも、それは育ったきた環境も関係し、
治る見込みはありませんでした。
こんな長々と自分の気持ちをかきましたが、
3ヶ月のこの間、たくさんの葛藤がありました
母子手帳までもらいにいき、市営のこともきき
シングルマザーでやってく覚悟も決めたときもあった
産むって選択をした
けど、よくよく考えて、もし、赤ちゃん産んで父が戻ってきたら?行動よくなったよっていってまた暴力振るうようになったら?その先のことを考えたら、
私は恐怖でたまりませんでした
私はそこでこの子を産むことは嫌でもないし、
一緒に頑張っていこうとゆう気持ちもありました
けど、先のことを考えたら、赤ちゃんは絶対
絶対にままが苦しむ姿絶対に見たくないと思う
笑顔の人生を送ってほしいとおもってる
そのようなことを思うようになってから、
赤ちゃん👼🏻を下ろすことが今にとって、
私、赤ちゃんにとっては幸せだと思い選択しました
旦那の暴力で苦しむ人生は、
赤ちゃんにとっても自分にとってもよくない
逃げる選択肢もあったとおもう
けど、逃げでも逃げてもくっついてくるひとはいる
縁を切りたくても切れない人だっている
そんなことが世の中にはたくさんうじゃうじゃ
している
自分は今回、この歳、19歳でこのような辛い経験をしたけど、これを踏まえて、赤ちゃんのこともわすれずに絶対に同じ過ちをおこさないとこころにきめた
幸せになるときめた
このような人とであったことで、
いまの自分がいてなにが幸せなのかどれが幸せなのか
身にしみて理解するようにはちょっとなれたかもしれない。
こんな辛い経験をしたからこそ、
家族をこれからも大切にしようとおもったし、
この先いい旦那さんに巡り会う運命があったとしたら、その人とは絶対に可愛い赤ちゃんをだいて、幸せにすると心に私は誓いました。
悲しくて泣いてた自分だけど、
このブログをかいたことで全部はけてすっきりしています。
天国に行った赤ちゃん
辛い思いたくさんさせてごめんね。
痛かったよね。辛かったよね。
ほんとに弱いままでごめんね。
でも、赤ちゃんを守るとしたらみくにはその選択肢しかなかったのごめんね。
天国にかえっていくことなったけど、
幸せになったとき、また絶対にみくのお腹にきてね。
まってるからね。
だいすきだよずっとあいしています
2018.10.19