肌寒くなってくるこの季節
4年前のお母さんの闘病
急に悪くなって
毎朝毎朝、今日はどうかな大丈夫かな
って、落ち着かない不安な日々
まだ幼い娘たちのお世話で忙しく
現実として受け入れられない事が
次々と目の前で起こって
全くついていけなかった
まだブログをやってなかった私は
友達に相談できる時間もなく
とにかく必死だった
今でも思う
私は母のために何ができたんだろうか
医者が家族に相談もなく
手術してたった4ヶ月で
転移、余命をいきなり直接母に告げた
前向きな母は、体調が悪い中でも
生きる事しか考えてなかった
それなのに医者は
包み隠さずいきなり余命数ヶ月と…
それからの母は別人のようになった
私の母を返して欲しかった
今でもあの大学病院の対応
私は許せない
とてつもなく辛い状況の中
母は私には決して弱音を吐かなかった
余命を告げられてから
ほとんどボーっとしている母が
一度だけ痛みで取り乱した事があり
母に会いに来ていた母の義理の妹が
ナースコールを押した
暫くして駆けつけた私に母は
「〇〇←おば のせいで逝きそこなった」
みたいな事を言った
私は悲しくて辛くて何と答えたら良いか
こんなに母を苦しめて
もうお願いだから早く楽にしてあげたい
と思った
一日も長くと思わなかった自分も
冷たいのかと攻めたりもしたけど
苦しむ母を見ているのはとても辛かった
抗がん剤終了と肝臓転移、
余命数ヶ月と告げられてからたった15日で
母は居なくなってしまった
それが命日11/10までのこの15日間
辛い気持ちが蘇る
嫌な朝
何年たっても
私は母が大好き
目標は
母と同じ歳までは絶対に生きて
母が経験できなかった事をやって
次に母に逢えた時
よく頑張ったねって言ってもらえるように
生きること
後悔はたくさんある
まさか突然意識がなくなるなんて
思ってもなかったから
もっと話ていれば良かった
母が居ない世界を生きていく上で
絶対的な約束をすれば良かった
それが少しでも生きる力になるから
そして、ありがとうと大好きだよ
って伝えていれば良かった
今はもう
心の中でしか言えない
きっと見ていてくれていると信じて
お母さん
1年で一番お母さんを思い出す季節
辛いけど、お母さんを近くに感じているよ