最近よく思って(考えて)たんだよなー。
って事が理解しやすい回答で近頃帰ってくる。
それを読み(知り)「あー」と納得の声が出るw
まぁ、省略して書くとこんな感じ。
1
正義と公正を求め、その為に「なにか自分にもできることがあるのではないか」と感じている人たち。
そんな人はライトワーカーなのだとか。
そして以前ブログに
「私たちの生きる意味」は【地球を守ること】
と書きました。
その答えが
【E9 ライトワーカー】
という記事にありました。
ライトワーカーはこの地球の上で何をすればいいのでしょうか。
それは、地球を暖めることです。人類の心を暖めることです。
人類の集合意識に愛を送り込み、
意識を暖めるのです。
春になって暖かくなれば雪や氷が溶けるように、
愛のエネルギーが意識に流れ込んでいけば人類の心は暖かくなり、
柔らかくなり、やがて
はとけて自由自在に流れるようになります。
氷は折れますが、水は折れません。
同じように、自由に流れる心は傷つきません。
他を傷つけることもありません。
イスラエルとパレスチナの間で激しい戦いが行われています。
これが典型的な凍った心の反応なのです。
心が凍っているので考えが固くなり、妥協を許しません。
傷つきやすく、傷つけやすい心は、とどまることなく戦い続けます。
どちらが正しいか、どちらが先に手を出したか、そんなことを議論しても無意味です。
彼らの戦いは3000年前から続いているのです。
ライトワーカーであるあなたがたは、
どちらが正しいかという判断から離れてください。
氷の人形と氷の人形
が戦っていると思って、両方を暖めてください。
彼らの心が柔らかくなれば、彼らは自分で折り合いをつけるでしょう。
そうなるまでは、この戦いは解決することはありません。
(中略)
大きな集団の間だけではありません。
個人のレベルにも戦いがあります。
それはすべて「凍った心」の反応です。
それを解決するのは、刑法の厳罰化ではありません。
凍った心を暖めることです。
私たちライトワーカーは地球を暖めるのが使命です。
人類の凍った心に愛のエネルギーを送り込むのが使命です。
表現は違えど、私がしたかった思いと一緒でした。
2
「んー困った人は沢山いるけどなんでか憎めないんだよなー。
あの人(いつもイライラ悪態ついてるおばはんw)にもいいところはあるはず。
悪態つくけど会釈はしたら返してくれるし
まぁ、無視されることもあるけども^^;
同居人もヒドイ嘘つきで直らないし最悪だったけど
反省した行動を見せた事もあったし…
心の底から悪い人なんてこの世にはいないんじゃないかなー。」
などと最近よく考えていたのです。
その答えが
【E1 他人(ひと)を愛する】
という記事で読んだ言葉に。
(一部)
「ひとを愛する」ことの基本は、そのひとを「尊敬する」こと
(中略)
自分やほかの人と比較してすぐれているから尊敬するのではありません。
何も持っていない人、何もしない人、それどころか、みすぼらしい人、惨めな人、
悪い
ことをしてひとを困らせる人、ひとの世話にばかりなっている人・・・・
そういうひともみんな尊敬するのです。
それは絶対的であり、無条件であり、無差別です。
(中略)
どんな人でもその人固有の存在価値を持っている、ということを認めることです。
んー、やっぱりそうだよなー。
自分が最近こういう事を考えだしたって事にも
意味があったんだなーって。
とりあえずメモ的に書いたので、
あとでまた書き直すかも?
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3月14日 追記分
気づいた事は、
自分のアメーバのプロフィール
ぱいんのプロフ
この、マイプロフィールの
定番の所の項目
- ○○なタイプです:
- ってところに
- 赦す(ゆるす)
って書いていたんだけど
愛とはどんな人にも平等に
悪い人の事も批判したり裁いたり
仕返ししたりするのではなく、
気づいていないその愚かな人たちを赦し
愛すことが大事なんだそう。
私はお人よしな為、
嫌な人でもいい所がひとつでも見えると
悪い人だとは思わないし
すぐに赦してしまう。
それを周りは温かい愛で私のことを注意してくれるけれど
私は自己責任でやっているので、
愚痴は書いても後悔はしていないのです。
確かに外に追い出してもよかった。
寒い寒い極寒の外に。
でも、そうしたら彼はどうなったでしょうか…?
私はどんな人でも見捨てる事はできなかったのです。
私が家に入れたのだから追い出せる訳がないでしょう。
どんな最低な人でも困っている、
苦しんでいる姿は見たくないんです。
今までお人よしって短所だと思わされてきたけど
違うんだって気づけた。
確かに自分は損をするかもしれないけどね。
でも、損得勘定で生きている訳じゃないから、私は。
でもちゃんと嫌な事は嫌ってその中でも言っているしね^^
ダメな事は注意もするし!
ただ、見捨てるのは違うんだと思います。。。
愛とは、赦すこと
そして悪い人や怖い人でもその人の幸せを祈ること。
かのお釈迦様も、
自分が危ない目にあいそうだったときに
その人から逃げたそうです。
しかし、安全な場所から
その人の幸せを祈ったそうです。
これを無心でできれば素晴らしいことですねぇ。
自分はまだまだだけど、
色々と気づいていく中で理解の心を得られている気がします。
そのことにも感謝…に尽きるなぁ☆
まぁ、「赦す人」って書いてたのはホントに偶然だけど
それが大事だって事は
潜在意識の中で分かっていたのかもしれないですねぇ。
p・ェ・ne