・・・というタイトルにしましたが、
100%結婚を諦めているわけではないです。念のため。
このアメブロに、いちいちその時々の恋愛に全情熱をかけて、記事をアップしている。
この記事もそうなんだけど、一人先に故郷に帰ってしまった彼からの「結婚しようね」の言葉を信じ、「自分が無理しなくても、そのままの私を好きでいてくれる、私から離れていかない男性にやっと出会えた」と、勝手にストーリーを作ってしまっていた。すっかり、結婚する気でいた。
たしかに、まだ一緒にいた頃は少なくとも、そう信じることができていた。でも、彼が日本を離れてから、お互いの考えや価値観にどんどんズレがあったことが明るみになり、彼に何度問いかけても向き合ってもらえず、すり合わせをできずに、ギャップはどんどん広がっていったのに、それでも自分の作ったストーリーの結末にこだわってそこに突っ込もうとし続けてしまったのだと思う。
父親も含め、男性との関わり方でずっと苦労してきたという伏線があり、「だけど今回の恋愛ではやっと幸せなゴールインができたね!」という、自分に都合のいい結末のストーリーを勝手に組み立てて、そのコンセプトで突き進んでしまったのだと思う。現実とのギャップも気づかないふりして、「今まで苦労続きだった恋愛はこれで終わりで、今度こそ自分の望んだ形でゴールするんだ」という、あくまで自分の中のそのコンセプトありきで、そのストーリーを達成することが目的になってしまって、現実を無視して破綻する。またこのパターンだ。
これまでも、そういう独りよがりなストーリーに巻き込まれた男子が何人もいた。男性の誠意のなさに気づきながらも「仕事で忙しいだけ」「今、彼の状況がしんどいのだから、待つ女がいい女なんだ」などと、男性の誠意のなさを正当化して、とにかくハッピーエンドをこの目で見るまでは諦めない自分。相手に誠意がなかろうが、私に甘えているだけ、こんなに甘えられるのも私にだからだ、とか最悪なパターンで安心してしまって、結局はダメになる。
D君との恋愛は、結婚の話が絡んでいたからタチが悪かった。またやってしまった。結婚手続きしにスイスまで行って破綻した段階で、終わりにしておけばよかったのだ。
以前、「あなたは恋愛というものを自分の尺度でしか見ていないところがある」と誰かに言われたことがあって、それがどういう意味なのかよくわからなかった(自分のことって自分ではよくわからないよね)。けれど、現実の相手との関係性ではなく、自分で都合良く作り上げたストーリーの中で生きてしまう、そのことを指摘されていたのかも。
はたから見たらどう考えても雑に扱われてるのに、うまくいくんだと妄信して相手に執着し続けてしまう。誠意のない相手に愛想を尽かして自分から縁を切るということができない。相手に嫌われたくない、相手との関係が終わるのが怖いから(描いたストーリーを自分で破綻させることになるから)、怒ることができない。たいがいのことを容認してしまう。どんなに酷い扱いをしてもつきまとってくるなんて、相手からしたらウザいだけなのに。
結婚を考えたD君と破局したあと、自分を慰めるために漁っていた恋愛アドバイスから、肝に銘じようと思ったものはたくさんあった。
相手の言葉ではなく態度を信じるということ。それと、いきなり一人に全力投球するのではなく、浅く広く、いろんな人をたくさん見て、自分にしっくりくる相手、私という人間を尊重してくれて、誠意のある相手を最後に選べばいい。たったの数人会っただけの人の中から「この人だ!」と決めて全力投球してしまわない、など。
男性、パートナーのことに関しては極限まで頑張っても努力してもとことんうまくいかないので、今回の破局をきっかけに、男性のことはもう私には向いていないのだと完全にあきらめてしまおうとも思った。尼さんになるように。
でも、この年齢で探すことを諦めてしまったら、もう一生ないか、あってもかなり遅くなるだろうと思って、それはそれで本意ではないので、自分の戦法を変えることにした。努力の仕方が間違っていたってことなのだ。だから、自分を変えれば結果も変わるだろう。
ストーリー作りをやめる。相手との関係性を冷静に見る。自分を雑に扱ってきたり誠意のない人、コミュニケーションの成り立たない人は、自分から切る。自分の幸せに疑問が出てきたら立ち止まる。相手との関係性を神聖化しない。人生を他人に預けない。
パートナーシップは私の人生の課題なんだろうな。苦手なことってなかなか進まない。この記事を書き始めてもなかなかまとまらず、何日もかかってしまった。



