昨日、
前の職場の忘年会でした。
それも、題名の通り
「気の知れた仲間」だけの忘年会です。
でも。
行くまでが怖かった。
いや、理由、あるいは原因が
「忘年会」ではなくて
いろんな不安や心配が
矢先を変えたもの、かもしれない。
前記事の通り、
私、
いま、ものすごい娘に対して
心配というか見張ってるというか。
悪いことを考えただけで
気が狂いそうでしかたない‥。
(だったら考えるなよ、っていうことなんだけど)
なんかわからないけど
みんなの顔を見るのが怖くなった。
そして、
矛盾してるかもしれないけど
同時に
みんなとわいわい話したら
この気持ちが楽になるのかもしれない、
とも思った。
ひとりでもんもんとしているより
みんなでわいわいしたほうが
いいのかな、って。
昨日、なんとなく体調が悪くて
朝も調子が悪くて
よっぽど
「ごめん、今日はキャンセルしたい」
って言おうと思った。
夜になるまで悩み。
外に出たのだけれど、
お店の前に行くまで悩み、
(受け入れてくれるんだろうか?とか)
↑
私自身の存在を認めてくれるんだろうか
という感じに
つながっているのか?
いろいろぐちゃぐちゃ頭の中で
落ち込んでいたのだけれど。
みんなの顔を見たり
みんなのそれぞれの仕事の話、
みんなも頑張ってるんだ、って思ったり。
お酒の勢いもあったりして
無事に楽しく過ごせました。
不安はゼロにはならないけれど。
話すって、大切なことなんだなって思う。
思ってることを
うまく言葉にできなかったり
こうじゃないんだ、って思ったりするけれど。
あるいは
もんもんという気持ちが
「もんもん」という言葉では
100%伝わらないように。
でも。
自分の外に出す、ということは
大事だな、って思う。
少し、荷が軽くなる。
ここに書いて、また軽くなった。
昨日は
本当にメンタルクリニックに行こうかと
思っていたのだ。
苦しかった。
自分自身の思考に
びくびくしていた。
急に物音がすると
びくびくするし
義理母の単なる咳払いでも
びくびくして
車のドアの閉まる音、
電話の鳴る音、
しまいには
娘の存在そのものに
びくびくする始末だった。
あぁ、この子が
何事も起こさないように!と。
起こさないように、じゃなく、
「起こしても大丈夫!」とぢんさんは
言っているんだけど。
私また
そのびくびくの思考に
戻ってしまっていた。
びくびくがびくびくを呼び
気の知れた仲間に会う、ということ
ですら
怖くなったのだ。
すべてが怖い世界になっていた。
昨日のメンバーに
目の手術をした人がいて。
白内障かなにか。
世界が変わったんだよ、って。
今まで見えなかったものが見えるのよ、って。
手のシワとかね!(笑)って。
私も、
自分でかけている「もやもやめがね」を
外したら
きっと世界が変わるんだろうと思う。
チェンジするべきは
私の思考なんだと思う。
大丈夫なんだと、
安心してもいいんだ、と。
私が思うより
そこは安全な世界だよ、と。
