2日前のブログ、『今年最後の厄落とし』で、自分にとって辛いことが起こると、厄落としの可能性が高いと話をしていました。
今日は、私がその厄落としの最中にどんな風に前向きに捉えていたかをお話したいと思います。
最初はめちゃめちゃ落ち込んだりするんですけど、ちょっとずつ前向きに考えるようにします。
そして、せっかく転んだんだから(痛い目にあったんだから)、何か一つでも学んで成長したいと考えます。
それをこんな言葉で表します。
『私に何か学びや気づくことはないでしょうか?』
と。
すると、私は神様とたまたま話ができるので、こんな事を言われました。
『愛葵ちゃんが幸せに生きていく為には、ウロウロお出かけとかして動き回るんじゃなくて、こんな風に、人生の3分の1を家でゆっくりダラダラしないといけない。』
普通に聞いたら、何その堕落生活!?って驚かれるかもしれませんが、私は納得です。
まぁ、人生の3分の1と言われると、ちょっと大丈夫?もったいなくない?と思ってしまいますが、でもちゃんと意味があるんです。
私は一人の時間がたっぷりあって、静かに心の様子を観察できるような生活でないと、整っていけません。
でも元気だとそうはいかず、すぐにどっかに行きたくなってしまうので、持病や怪我で家にいないといけなくさせられてしまいます。
でも結局は、それで守られていたりするんですよね。
私が幸せに生きていく方法は、一人一人違うように、私オリジナル。
怠けているように見えるかもしれないけど、違うんですよね。
巫女としての私が私である為に、必要な時間であり、必要な空間なのです。
という事で、やっぱり改めて一つでも学べた。
動けないけど、そうじゃないといけない私。
やっぱり、意味があるんだな。







