文章作成能力向上目的

文章作成能力向上目的

文章作成能力が著しく低い関西の大学生です。

 手軽な練習としてこれから不定期でいろんなテーマについてブログを書いていこうと思います。
 文章が稚拙になると思いますがご了承頂お願い致します。笑

 よろしくお願いします。

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ふと

生まれてこの方、インプットに偏りすぎてると感じたので、インプットを減そうと思った。


小学生の時は本をよく読んでいたし、高校生の時は携帯で何気なくネットサーフィンしてしまっていた。

それに比べ、アウトプットが限りなく少ない。

インプットって、勉強した気になる。

知識が増えるから。

ただ、量が多すぎて、全然活用できていない。

アウトプットの予定がないインプットなんて時間の無駄。

だから、テレビも新聞も極力読まない方が良い。

そこには自分に今、本当に必要なものなんてないから。

大事な情報は人からもたらされる。

そういう意識を持っていれば、わざわざ人以外のソースからのインプットに時間を割く必要はない。

わからなければ、人に聞けばいい。

そこでコミュニケーションが生まれ、その人とともより関係が深まる。

インプットを減らすといいことずくめ。


さぁ減らしてみよーっと♪

高校の授業から日本史、世界史を失くし、経済学、民法総則を入れるべきでないのか。


経済学の基本を知識がないために、政治家に騙される。


マスコミに簡単に騙される。


日本は財政破たん寸前だという情報を信じてしまう。


法律を学ぶ意義は、これまた騙されない人間を増やすためだ。


頭のいい奴が社会を動かしている。


上位の地位に立っている。


頭のいい奴は自分たちの都合がいい社会にするために、頭の悪い人々を騙しにかかる。


すきあらば、騙す機会をうかがっている奴らはたくさんいる。


そんな輩から、自分の身を守るために、法律の知識は必要だ。


法律を学ぶことによって、無駄な損失を生まなくて済む。


自分の本来やるべきことに打ち込める。


損失に足を引っ張られることがない。





騙されないために経済学と法律を高校教育、もしくは義務教育に取り入れるべきだ。

最近、自分の文章を書くスピードが遅いことに困っている。簡単な文章でも、やたらと時間がかかる。

特に、会社に送るメール。

敬語に慣れていないということもあると思う。それにしても、言葉が出てこない。結果、ものすごく簡素のメールになってしまう。
必要最低事項だけを記載したメールを送るのは得意だ。
見やすさには自信がある。
「このメールで1番伝えるべきことは何か」というのを考えながら、作成している。
それに対し、コミュニケーションの潤滑油的な、日本人独特の文章がとても苦手だ。要するに、少し脱線した話も盛り込まなければいけない。
こういった文章を書くのに必要なのは、発想力、連想力だと思う。
もっとその辺りの力を磨かなければならない。
そのためには、まず真似から始まる。
暗記だ。
一言一句を覚える必要はないが、何も見ないでもフレームワークは合うぐらいのレベルまで持っていかないとダメだ。
そのためには、「見ないで書く」と「合ってるか確認」の繰り返しだ。
その方法を使って、体に文章を染み込ませて行こう。
よく高学歴でも社会人として役に立たないやつが多いという話を耳にします。

それはまるで高学歴であることが、なんのメリットでもないかのように語られます。

私はそうは思いません。


東大、京大、阪大、神大等の入試問題は相当の思考力を要します。

その試験に受かった人達です。

並外れた思考力を持っています。

簡単に言うと、頭が良いです。

では、なぜそんな人達が、

社会で「役立たず」のレッテルを貼られるのか。

それは、「思考力を使う対象」の違いが原因だと思います。

例えば、「コミュニケーション能力が不足した高学歴」がいるとしましょう。(今回のテーマの典型例だと思います。)

コミュニケーション能力不足の原因は、「コミュニケーション能力向上のために思考力を使ってこなかったから」だと思います。

高学歴の人達は普段、実社会ですぐに役立つものではないかもしれないが、もっと高次的なものに思考力を使っています。

したがって、高学歴の人達が、ひとたび「コミュニケーション能力向上」を目指すと、瞬く間に能力は向上するでしょう。


高学歴=実社会で役立たずの構図が、世間ではびこっているために、
ますます子どもの勉強意欲は削がれます。
さらに、日本の学力は低下するでしょう。

ゆえに、高学歴バッシングは辞めましょう。

バッシングとまではいかなくても、もっと高学歴を讃えるべきです。

それが、ひいては子どもたちの勉強意欲喚起につながります。


ちなみに私は文章の通り、高学歴ではありませんw
やりたいことはたくさんある。

しかしいまいち自分の
能力が追いついていない。

できやないことに目を向け過ぎているのかもしれない。

いまできることにしっかりと目を向けられていないのかもしれない。

しかし、やはり能力不足を感じる。

能力というより、「脳」力と言った方が正しいのかもしれない。

頭の回転の早さ、思考力等、根本的な部分が人より劣っているように感じる。

思い込みなのだろうか。

努力不足なのだろうか。

「脳」力を高めるために、やらなければいけないことがたくさんある。

たくさんあるなかで、どれか一つに絞るべきなのだろうか。

だが、自分の克服すべき弱点がたくさんあり過ぎてなかなか絞りこめない。





地道に努力しよう。

ゆとり世代が教師になっていくこの時期に、脱ゆとりが進むという...w

iPhoneからの投稿
小中学校の英語の授業なんか無くなればいいと思います。


なぜなら、その時期は英語に時間を費やすことよりも、国語.数学に時間を費やすことの方が大切だからです。


企業が求めているのは、英語力よりも数学力、国語力を基礎とした、論理力を備えている人材です。

英語力など、その気になればあとからでも十分身につきます。


しかし国語力、数学力の基礎を早期に身につけるか否かは、その後の学力を大きく左右します。

私の周りでも、小中学生時代に数学、国語の勉強にしっかり取り組んでいた友人は、皆「頭が良い」です。言い換えると、「頭の中での情報の組み立て」が非常にうまいです。


この能力は、英語の勉強に力を入れたところで身につくものではありません。

英語が喋れる「バカ」に育つだけです。

2012年4月から、またさらに義務教育期間の学習内容が増えます。

それは大賛成です。

しかし、数学、国語等と一緒に英語の学習量も増えるので、それには納得がいきません。

最近は教育の在り方が変化しており、以前よりは良い方向に進んでいますが、まだまだ改善の余地はあるでしょう。



以上、
英語力も数学力もない「バカ」からの意見でしたw

前のブログからだいぶ期間が空いてしまいました。



今日はフィンランド式教育について書きます。


日本の教育法は詰め込み教育です。


ゆえに教科書を丸暗記すれば満点近い点数がとれます。


フィンランドは違います。


一言でいうとフィンランド式教育は、子どもに


「考えさせる」


教育法です。


答えのない課題に取り組ませます。


日本では、塾の講師や家庭教師がアルバイトであっても、

問題とそれの解答さえあればそれっぽい授業はできます。


しかし、フィンランド式教育でこのやり方は通じません。


なぜなら、答えがないのですから。


故に、フィンランド式教育では教師の質の高さが求められます。


生徒に「考えさせる」と同時に、教師も「考え続け」なければなりません。


フィンランド式教育の存在を知り、私も自分の受業に取り入れようと試みましたが、


なかなかうまくはいきません。笑


しかし、この方法を続け、私も生徒と一緒に成長していこうと思いました。



勉強の目的ってなんでしょう?

私はまだこの答えが出ていませんでした。

今私は家庭教師をしています。
生徒がなかなか勉強に意欲をみせてくれません。
どうしても「めんどくささ」が勝ってしまいます。
しかし地頭はとても良さそうです。なぜなら、普段から当たり前のことに対して「なぜ?」と考える癖があるからです。前提を疑うことができるのです。こういうことをたしかラテラルシンキングと言ったと思います。

このような素晴らしい癖を持っているのに、なぜ?と考えてもやはりめんどくささが勝ってしまい、調べずに終わってしまうそうです。

そこで!

この素晴らしい才能を潰すまいと、私は生徒に勉強の目的を突き詰めさせることにしました。

最終的に出た答えは、
「将来快適な生活を送るため」
になりました。

そうです。

全然突き詰められていません。

勉強をしようと気になりません。

もっとなにか人を突き動かすようなものがいいのです。

しかし、私自身突き詰められていないので、そこに導くことができませんでした。



金のため?

権力を握るため?

騙されないようにするため?

自己責任論がはびこるこの時代に取り残されないようにするため?



もっと生徒をワクワクさせるようなものはないでしょうか?


未だ模索中です....。