little library@屋根裏部屋

突然思い浮かび持て余した短編達があります。


若干危ない内容もありますが、楽しんでいただければ幸いです。




~シリーズ小説~



MIRA~Hierd killer~


戯れ鳥と菊の華 登場人物紹介 ※9/27 追記


Vert antique doll



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【痺れた腕に想う】

 


暗い暗い昏い…





  【痺れた腕に想う】/4年目、12月





償いは自分のためにある。
あたしの持論は、初めて命を奪ったその日から変わらない。
他人のための償いなどない。
極論にすれば、単なる自己満足。救われたいだけの我が身可愛さ。

…なら。
救いを求める事すら許されないこの世界は、一体何なんだろう。



子供と言うのは非力だと、こんな時程痛烈に感じる。
刃物を使えば力が足りず、銃を使えば反動で暫く手がイカれる。
ちなみにあたしはいつも後者だ。負担は大きいが、確実に標的を仕留めるためにはこれが一番良い。ナイフは苦手だ。腹や心臓を狙うなら何度も刺さないと致命傷にならないし、時間もかかる故痕跡も残りやすい、そうなると一撃で息を止められる急所は頸動脈しかないアレは返り血が酷いんだスプラッタスプラッタ。

「…ええい、やめよう」

子供らしからぬ思考を巡らせてしまうのは、最近のあたしの悪い癖だ。
これはあまりよくない。集中力と観察力、忍耐力が売り物のような職業なのだ。しかも失敗は許されない。
命が危ないって言うのが大前提だが、子供のあたしにはまだそんな漠然としたものの価値なんて分からない。
故に分かりやすく且つ身近な恐怖に行き着く。

『み・っ・ちゃ・ん?私はちゃんと教えたはずだけど…?』
「すみません睦美(むつみ)さん」

失敗もしていないのに、むしろ居ないのに、謝ってしまう程の恐ろしさを湛えた育て親を浮かべてしまう想像力を呪ってしまう。
でもうちの姉兄達にも聞いてみろ。絶対あたしと同じ反応するぞ。

「…いや、誰に聞いてるんだ、あたし」

あぁ、あんたじゃないからな。
そう言葉を投げた相手は、現在足を震わせて壁に同化しようとでも言うのか、一歩ずつ後ろに下がる動作を繰り返している。
早い話が、本日のターゲット。
しかし嫌なもんだな。ツル禿げ油ギッシュなおっさんもアレだが、良い面した男が恐怖に震えて逃げ縋る画ってのも、なかなか見るに耐えない。
そんなのが許されるのは、幼馴染み括弧男括弧閉じレベルに可愛い女だけだが、……まずい、嫌な想像しちまった。

「無駄話してんのがいけないか」

今更だな。あたし。
呟きながら引き金を引く。
今度こそ崩れ落ちた男の脳裏に浮かんだのは、一体何だったのか。
少なくとも痛みではない、と思うのは事実であり憶測で、あたしの中にまだ残る“子供”の部分が叫ぶ、なけなしの良心と願望。
独り言で掻き消そうと足掻くそれらも、あと十年したら失くしてしまうのだろう。
果たして同時に得るものは、残酷な理性か、狂暴な衝動か。
どちらにせよ楽ではない、楽になる資格など、当の昔に剥奪されたのだから。

閉じた瞼の裏、垣間見たのは地獄。
悪趣味な想像を焼却できないまま、あたしは背を向ける。
こんな馬鹿げた思考、鉄塊の反動でイカれているだけだと。言い聞かせながら。




だってそうだろう?
銃口の先にある姿が、幼い女顔男だったら、なんて。
そんな未来予想図に、恍惚すら覚えた、なんて。










馬鹿げてる。






(嗚呼でも。アイツはあたし相手なら怯えどころか、笑みすら浮かべる気がするなんて。自惚れだろうか)




*:..。o○☆*:..。o○☆*:..。o○☆*:..。o○☆



お仕事事情と独占欲の話。
ってか9才児の思考じゃないよ。
裏テーマは「痛くないヤンデレ」。
いつにも増して駄文でした。
 

【傍観者その壱の話】

 


二人は私を変えた人。
二人は私を救った人。





  【傍観者その壱の話】/8年目、3月





片や喧嘩をやらせれば一級品、男のような口調とは裏腹に素行は良い。
異色の色彩を持ちながらもそれすら画になる純和風美人。菊城蜜。
片や成績優秀万年首席、しかし相方が居なければ若しくは関われば壊れた子供のよう。
白肌が映える黒髪瞳、女より女らしいと評判のビスクドール。久内(くない)飛鳥。

今や―不本意ながら―西里第一中学の名物コンビと名高い2人が入学したのはおよそ1年前。
その、小学校からの同級生にして、コンビの片割れのクラスメイト。更には2人の友人、と言う地位を唯一獲得した存在は、この1年で急激に有名になった。
トレードマークは眼鏡、自他共にチワワに似てますと認める容姿の持ち主は。

「あー、もうすぐ仙コミ…でも交通費キツいわね。お年玉を下ろすべきかどうするか…」
「おい」
「ってか、ちょっと!何で此処のサークル18禁なんて出しちゃってるのよ!買えないじゃない!」
「おーい?」
「15禁ならどうにかなりそうなものを…みっつん、あんたの所のお姉さん、連れてって良い?」
「うちの家族を巻き込むな!っつーか井関!てめぇが現在進行形で書いてる漫画擬きは何だ!」
「何か凄く見た事ある気がするんだけど…ちょっと待ってもしかしなくても」
「トビトリ鋭い!こっちがシュウって名前で、こっちのアキって呼ばれてるのがアカツキ」
「俺はアスカだ!てかやっぱりモロ菊城家じゃんかぁあぁ…」
「人の兄貴を近親相姦さすな!!!」

名を井関奈智(いせき なち)。
まごう事なき腐女子だった。



「ちょっと何してくれてんのみっつん!」
「それはこっちの台詞だ!」

井関の危うい落書きを奪い取りながらハンドシュレッダーにかける。どこから出したとかは聞いちゃダメ、とは飛鳥の言葉だ。

「ったく、油断も隙もねぇ…。大体何でアキ兄が上なんだよ」
「え、蜜、突っ込む所其処?」
「だって下のお兄さんの方が可愛いけどさ、腹黒な感じしない?私腹黒攻め同盟会員だから」
「愁兄の方が馬鹿なのは認める」

開けっ広げな会話に僅か残っていた教室内の生徒が凍りつくが、気にも留めない…むしろ一人別クラスの蜜以外は気づきもしていない。

「ちなみに実際ど「断じてない」
「わーお、ばっさり切ったね」

疑問も発言も。

「全くお前は夢を見すぎだ。そうホイホイとゲイが居てたまるか」
「でもみっつん、昔の日本じゃ割と一般的?ではないけど、多かったんじゃない?」
「確かに、武士を中心に男色流行した事はあるし、稚児とか陰間って言葉が存在するくらいだからね。あながち間違ってはいない気がするけど」
「昔は昔、今は今。そんなに興味があんなら新宿二丁目でも行って来い!飛鳥も一々説明するな!」
「やーね、私のはただのロマン、ちょっとしたファンタジーじゃないの」
「…もう良い」

何を言っても無駄だと分かっていても突っ込んでしまうのは性か否か。
妄想する分には勝手だが、身内をモデルに、しかも漫画はやめて欲しいと切実に願う。

「でも内容はアレだけど、実際井関は上手いよね」

シュレッダーに潰された残骸をつまみ上げながらの飛鳥の言葉は、芸術センス0人間の憧憬に近い。
この会話中に彼が密かに描いた犬と言い張る物体は、この日の夕方に蜜から「宇宙人か?」と本気で言われる事となる。

「そう?」
「前に書いてたやつの方が良いけど」
「そりゃ落書きとマジ原稿比べれば一目瞭然でしょうよ」
「へぇ」
「一応聞くが、これはあくまで“落書き”だな?」
「そうだけど?」
「なら良い」
「あぁっ!?」

ハンドシュレッダーで念入りに刻まれた残骸が、蜜の手でゴミ箱へ埋葬される。
正に奥まで埋める一連の動作に情け容赦はない。
それを悲しそうに見つめながら、井関はベタリと机に貼り付いた。

「せっかく良いストーリー浮かんでたのに…どうしてくれんのよ」
「知るか。ってか頼むからネタにするなら無関係な所でやってくれ」
「…あ、みっつん、今からウチ来ない?良いタキシードが…」
「次は蜜かー!ってか男物かー!」

もう我慢ならないと飛鳥の手が机を叩く。
この類の発言は初めてではない。制服や衣装を取り扱う井関邸へ連れ込まれる度に、何かしらのコスプレが待っている。
主に犠牲者は飛鳥だ。性別と服装を一致させろとの主張は、未だまかり通った事がない。要するに毎回女装をさせられる。不憫。

「だってそこいらの男よりずっと似合うじゃない。性格も男前だし、トビトリとも釣り合うし?」
「飛鳥。アスカだから。ってか何、次は俺らがモデル?」
「いえーっす!…ちょ、痛い痛い、地味に痛い」

ぺしぺしぺしぺし。

「みっつーん!角は止めて角は!」
「安心しろ、力は全く入れていない」
「いやそう言う問題じゃ有りませんよ!?あー、私のシナプス細胞が…」
「そのままその腐った思考も消えちまえ。てか何か。何であたしを男にする必要がある?NLで良いだろうがNLで」

蜜さん突っ込む所其処ですか、リターンズ。

「いや、それだけはどうしても書けないって言うか」
「何でだよ!?百合も書いてたくせに何でノーマルは駄目なんだよ!?」
「…リアリティ?」
「飛鳥、相手にするだけ無駄だ。今悟った」

いよいよ面倒くさくなったのか、蜜は鞄を手に取り立ち上がる。
そして先程まで井関に連続小攻撃を食らわせていた教科書を丸め、もう一発、今度はそれなりに悪意を込めて頭部に振り下ろした。
その時の音は、思わず自分までも頭を押さえてしまったと後にクラスメイトの一人は語る。

「いっ……!」
「帰るぞ」「りょーかい」
「ちょっと二人共ー!」

痛みと、最早振り向きもせずに教室を後にする二人の薄情さに、井関は口を尖らす。
酷いわ、そうよ、世の中に優しさに一欠片もないのよ。等と芝居がかった呟きを見かねたクラスメイトが、おずおずと声をかける。

「ね、井関さん…。あの二人とは本当に、仲良いんだよね?」
「ん?何で?」
「いやだって…凄い扱いだし、二人共一度も笑わないし…軽くいじめみたいにも見えるよ」
「あの二人が私に対して笑うなんて、殆どないよ」

あっさりと事もなげに頷く井関の表情が変わった。
先程までは落差の激しい、何処かふざけたものだったものが。

「でも表情はそれなりに変わってたでしょ?他の人の前なら、表情筋一つ動かさない二人がよ。これって結構気許されてる証拠じゃないかな?」
「そう言われれば…」
「それに二人とも、…そうだな。“苛め”はするけど“虐め”はしないもん。特に私には」

今はまるで、手のかかる子供に苦笑する母親のような、年不相応な慈愛すら浮かんでる。

「二人は、昔の私を知ってるから。弱くて怖がりで、助け一つ呼べなかった私をね」
「井関さん…」
「結構皆から同じような質問されるよ。よくあいつらに付き合ってられるな、とか。全く失礼しちゃうわね。それにさっきはああ言ったけど、実際はただの優しい子達だし」
「や、やさし…?」
「そ。優しくて気にし屋」

例えば蜜が、落書きかと確認した事も、先月まで死にもの狂いで原稿に掛かりきっていた自分を知っていて、もしも潰してしまった残骸がそれだったらと言う心配の意味が少なからず込められている。
周りに興味がないはずの飛鳥も、井関の絵は覚えていて且つ感想も抱いている。
それに今こうして、井関奈智と言う存在がある事が何よりの証拠。
幅の狭い優しさ、しかもその大部分を、蜜と飛鳥はお互いに向け、捧げてしまっている。

「あの二人はお互いが一番で、一緒にいる時間だけが“世界”で、私が其処に入る事なんて絶対に無理よ」

それでも構わないと、井関は思う。むしろ入ってはいけない、容易に踏み込めば簡単に崩れる脆い世界である事も、知ってしまった。
そしてその世界を守るのはおろか、真に理解してくれる存在も、きっと居ないのだろうと。
だから。

「何があったって、私は二人の幸せを願う。邪魔はしないように適度にちょっかい掛けながら見守る。そう決めたの」

いっそ守ると言い切れる程、手を出せるならよかったのだけれど。
本人達が思う以上に繊細な世界には、これがちょうど良い。
巨大なクエスチョンマークすら浮かべそうなクラスメイトを尻目に、井関はうっそりと微笑んだ。








(何故あの日手を差し出されたのか、理由を考えるのはもう止めたの。
 そんなものに興味が失せる程、愛しちゃったから)



*:..。o○☆*:..。o○☆*:..。o○☆*:..。o○☆


何か…ちょいぐだぐだ意味不orz
いぞんせかい直前の話でした。
別名蜜と飛鳥の愉快な仲間(黙れ

腐女子設定は私の趣味です。

【現れしは闇の者】

『なぁ、今日転校生来るんだってー』
『えー、どんな人?』
『かっこいい人とか来ないかなぁ』
『そこはやっぱ美少女だろ!』

好き勝手なくだらない妄想。
学力ではない、根本的な馬鹿達の戯言に、まだ見ぬ転入生への同情を禁じ得なかったが。

『菊城蜜です』

現れた一人の少女に、教室中が静まり返った。





  【現れしは闇の者】/9年目、6月





鬱蒼と降りしきる、雨。季節は六月、梅雨の季節だ。

「何もこんな時に降らなくてもいいだろう…」

こんな事なら、少し不本意ながら組員に送ってもらえばよかったと、真剣に後悔する。
今朝は久々に晴れていたから、当然傘なんて持っていなくて。
郊外にある華峰(ハナミネ)学園へのバスは一時間に一本しかなく、次のを乗り遅れると雨の中長時間待たなければならない。

「恨むぞ、爺…」

寮生のオレを呼び出した張本人に文句を言いつつ、溜め息をつく。
…仕方がない、濡れるのは勘弁だが、こんな肌寒い所に居るのはもっとご免被りたい。覚悟を決めると、雨宿りさせてもらっていた軒先から出よう…と、した。

「…あれ?」

思わず足を止めたのは、街の雑踏の中に見知った、しかし意外な人物を見付けたから。
ショートカットにしたダークブラウンの髪、うつ向き加減で隠れてしまう顔。いつもは掛けていない眼鏡…それも横アングルなら伊達眼鏡だと分かるものを掛けてはいるが、見間違えようがない。
数週間前にやってきたばかりの、転校生。

「…菊城?」

トレンチコート風のレインコートを着、黒に白の水玉柄の傘を差しながら足早に歩く姿は、普段より大人びて見える。教室内、学校内では異質な存在なのに、眼鏡一つ掛けるだけで雑踏に溶けこんで居る。
…一見すれば、だ。
オレには、いつもよりも異質に見える。
今、彼女を視界に入れている全ての人間の中で、一体何人が気付く事が出来るのだろう。
かもしだされる空気、その中に気配が全く混じっていない。不自然な位に。
目が離せない。
いつの間にか俺の足は、転校生の後ろ姿を尾けていた。

(どこに行くんだ…?)

それに、興味もある。
オレが久しぶりに見付けた、気になる人間。
―言っておくが断じて恋愛感情ではない。オレにはちゃんと校外に恋人が居る。―
謎に包まれた、不思議な存在、その日常の片鱗に出会った。もう少し知ってみたい、そんな些細な好奇心。
同時に、家の関係で敏感なオレだから気付いたこの気配の無、そこらに居る中学生が出せるものではない事も、一層興味を駆り立てていた。

やがて菊城は大通りから外れ、路地へと足を踏み入れた。
奥へ行くのかと思ったら少し歩いて足を止めてしまったため、オレは壁際に身を寄せ、顏だけを出して様子を伺う。
…左手で傘を差し、右手はコートのポケットに突っ込まれている。
菊城だけだと思っていたその場所に、彼女の反対側から人が…男が歩いてくる。
何かを探すようにキョロキョロと、やがて男が菊城の姿に気付いた…瞬間。







ドス、





バタッ…











菊城の右手には、黒い小型の銃。
男は仰向けに倒れ、胸の辺りから血を流している。

「…え?」

男が一瞬、ほんの一瞬足を止めたその瞬間、菊城は銃を握った右手をポケットから出し、発砲したのだ。
銃声は響かず、雨に消えそうなほど篭ったもの…よく見れば銃口にサイレンサーらしきものが付いている。
男は…確認するまでもない、即死だろう。
菊城が銃をしまう。ここまで、恐らく10秒かかっていない。

「な…」

オレは思わず首を引っ込め、口を押さえた。小さく呟きが漏れる。

「どういう事だ…?」

現状について行けない。
状況は違えど、こういう現場を何度も見てきたし、悲しくも見慣れてしまっている。
…見慣れているから、尚更だった。
あれはプロだ。
それもあんなに手際よく、ためらいなく、尚且返り血一つ浴びずに………。
何故?
何故菊城が、こんな芸当が出来るんだ。
その前に、何だこの、今まで感じてきた違和感が溶けていく感じと、まだ何かを忘れているような引っ掛かりは。

「……………………“菊城”?」



「呼んだか」
「!!!!!」

掛けられた声に、思わず息が止まる。
ギギギ…と音がしそうな動作で視線を向ければ、いつの間にか真横にその姿はあった。

「菊城…」
「…濡れてんぞ」
「え?…あ」

顏は伏せたまま、左手の傘を差し出してくる。
その意図が読め、悪いから断ろうとすれば、問答無用で押し付けられた。
雨に打たれ続けたオレの体はようやく守られ、代わりに菊城の髪が濡れる。
後から考えれば、此処は女に傘をやるべきなんだが、そこまで頭も回らず。

「………」
「………」

交わされる言葉はなく、長い沈黙にいつしか雨音の存在をも忘れてしまう。
やがて微かに動く気配がして、見れば菊城がレンズの濡れた眼鏡を外している所だった。
頭の後ろで腕を組み、壁にもたれるその横顔に表情はなく、いつも教室で見るものと変わりなかった。
変わりない、のに、何だろう、この威圧感。
こんなモノが、こんな近くに居たなんて。
居たたまれなくなり思わず視線を下げ…レインコートの捲れ上がった白く細い右腕が目に留まり。
オレは再び息を呑む。

「あ」
「あ?…っ」

すぐに袖が下ろされ、ソレは見えなくなってしまう。
だが何であるかを隠すには、遅すぎた。

「今のは…刺青か?」
「…ちっ」

問掛ければ、それまで無のみだった顏に、初めて焦りと苛立ちが微かににじみ出た。
そのままじっと顏を見れば、不機嫌そうに睨みつけられ。

「…!」

今日初めて合わさった鋭い視線。
整った顔立ちの中で一際異質さを放つ、黄金色の瞳。
そこに映るものはなく、ただ深い闇だけが存在しているように、オレには思えた。



+++++



『菊城蜜です』

髪と言い目と言い、明らかに日本人とは掛け離れている。
なのに凛とした、確かに和を感じさせる美貌に、あの日の教室は静まり返った。
数分前まで他人事のように傍観していたオレも、然り。

『…菊城さん、もう少し自己紹介を…』
『席何処ですか』

本人は視線に気付いているのかいないのか、教師の言葉を無視し尋ねる。
それを境に、一気に教室が騒がしくなった。

『うぉ、すっげー美人!』
『どこの学校から来たの?』
『趣味は何ですかー?』
『俺の隣に座って!』
『彼氏居るの?』
『むしろ付き合ってくれっ!』

男女入り混じった羨望の視線と、遠慮のない質問。
オレは顏をしかめ、思わず耳を塞ぐ。
教壇を見れば菊城も、不愉快そうに顏を歪めている。
…そろそろ注意した方が良いか、隣のクラスにも迷惑だ。
委員長の義務を果たそうとした、その時だった。

『…うるせぇ』

地を這うようなドスの聞いた声に、ピタリと喧騒が止む。
声の主は…言葉の集中放火を浴びていた張本人、菊城。
表情は今や不愉快を通り越し怒気すら感じられ、教室全体を睨みつけている。
その姿に、生徒のある者は顏を赤く染め、またある者は反対に血の気が引いて青くなっている。
そしてオレは、どちらかと言えば後者だ。
鋭い視線。異質な色の瞳。
少しの事では物怖じせぬと自負しているオレが、僅かながら恐怖を感じている。
…視線だけではない。
菊城蜜と言う存在が、纏う空気が、ビリビリと殺気を帯びている。
まるで何かを警戒している、そんな様に。
席が固定されておらず何処に座ってもいいと教師に伝えられると、菊城は空いている席に足を進める。
もう誰も口を開けない、何故なら今この瞬間、この場を支配するのは菊城だ。
人間としての本能が、無意識下に危険を叫んでいる。
…と。
菊城の薄い唇が、ぶつぶつと何か呟いている事に気付いた。
ちょうどオレの側を通っていた時で、気付かれぬように聞き耳を立てた。
先程の喧騒に怒って居るのかと思えば……。

『…何でこんな教室が広いの、机が白いの、金の無駄使いだろ……』

…思わず、吹き出した。

菊城蜜の存在は、その日の内に全校生徒に知れ渡った。
元々進学校である華峰、そのハイレベルすぎる編入試験をクリアしただけでも、閉鎖された校内では十分に話の的だ。
加えて、難問を出して生徒をいびる英語教師を返り討ちにしたかと思えば、授業中に私語の目立つ生徒や食堂で横入りする者を一蹴。
金持ちでプライドの高く、やりたい放題の生徒が目立つ中、こう言った行動は反感を買ったが、同時に人気も出た。
だがどんなに視線を向けられようと、菊城は群れる事をしない。
それは権力が物を言う風潮のあるこの学園では珍しいタイプだった。
無愛想、無関心、無表情。
発する言葉は最低限、義務の領域を出る事のない会話。
無為に接近し、あしらわれた生徒には容赦がない。
それはいっそ清々しいとも言える程。

一度だけ、菊城と会話を交した事がある。
たまたま隣の席に座ったその日、菊城は学園案内を広げて呟いた。


『…弓道部がない』

その声と表情が妙に年相応に見え、オレは思わず言葉を掛けた。

『無いが、入りたいのか?弓道部』
『…』

菊城はオレの存在に今気付いたかのように顏を上げた。
しかし興味なさそうに一瞥すると、また目を案内に戻し一言。

『あっても入らないけど』
『じゃあ、何故?』
『…部がないなら、設備もないんだろ』

これ以上は鬱陶しいとばかりに打ち切られ、オレはそれ以上の追求をやめた。
そして今日に至るまで、言葉を交す事はなかった、それだけの話。

全ての人間に興味を持たず、しかし裏を返せば誰にでも平等に接する。
同年代と比べ群を抜いた大人び、時に年相応な面を垣間見せる、不思議な少女。
その容姿も手伝い、好意が憎悪を上回るのに、時間はかからなかった――。



+++++



「本当なら、生きては帰せないんだけどな」

オレから視線が外し、菊城が口を開く。

「当然だろ?こんな現場見られたんだ。いつもなら無駄口叩いてないで、さっさと撃ち殺してる」
「…」

“菊城”の名。慌てて隠された刺青が象るは、一輪の菊。その意味が分からない程無知ではない。
そうだ、さっき実家で聞いたばかりではないか。幼くして頭角を表した異端の暗殺者。
かつての名を“菊姫”、そして現在は、

「菊の、君…」

日本最強の暗殺者の称号。オレにとっては敵にも、味方にもなり得る存在。
ただ1つだけ分かる事…彼女がその気になれば、次の瞬間にもオレは命を失くす。
けれど。

「殺すかよ」

ふっと笑う表情に、少し大人びただけの、少年のような少女の一面を見た時。

「せっかく良い駒になりそうなのに」

長い付き合いになる、と。
大して鋭くもない直感が、小声でオレに告げたのだった。














「ところでお前、どっかで会ったか?」
「…」

三上槙人(みかみ まきひと)。
任侠系暴力団“三上組”組長の孫にして、後継者候補。
この件をきっかけに希少な友人関係となり、また紆余曲折を経て、菊城蜜のの半ばお守り役と公認されてしまう事を、オレはまだ知らない。

…今はまず、存在を認識させるのに躍起になるとしよう。








(限りなく出演者に近い部外者との邂逅)


*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆



【魅惑の狂気】

【魅惑の狂気】/8年目、11月






氷のように冷たいのに、引き寄せられる。
手を伸ばしそうになるのに、恐れをなす。
僕の妹は、時にそんな一面を持つ。



「本日より正式に、8代目“菊の君”を襲名させていただきます、蜜と申します」


明日、14才になる。
それを聞いた人は、きっと冗談だと言うだろう。
実際、黒の菊柄の、菊城伝統の着物を着、親戚…それも殆んどの人間が裏世界の人間と言う状況で、堂々とした態度を取る蜜は、とても年相応には見えない。
むしろ下手な大人より、よほどしっかりしている。

「…と、同時に」

感心している間に、話が進んでいるようだ。

「協議の結果、この菊城一族当主の責務を負わせていただく事を、この場で了承いただきたく存じます」

…。

固まった。

紫姉さんも愁兄さんも、僕ももちろん固まった。聞いてない。

「私は認めんぞ!」

言わんこっちゃない、一人の、…たまに居るじゃない、親戚の中でも従兄弟とか、叔父とか、そういう呼び名が分からない人。
その一人が立ち上がって異論を唱えた。
…かっこよく言ったつもりかもしれないけど、お腹の出たカッパ禿げじゃ、ただのコントです。
あーあ、仁成さん笑い堪えてるし。

「14やそこらの小娘がそんな事出来る訳がなかろう!?ふざけるのもいい加減にしろ!」
「そうだそうだ!」「今すぐ撤回しろ!」

賛同するように浴びせられるブーイング。
その標的が妹に集中している…こんな光景を見て、心が痛まない人なんて居ないはず。

「てめぇらなぁ…」

兄さんが言い返しかけた、その時だった。

「ふざけているつもりなど、毛当ありませんが」

凛とした声が、親戚達の勝手な言葉を蹴散らした。

「私とて、菊城の人間です。これがどういう事なのか、よく理解しているつもりですが。
 そもそもどうして異論を唱えるのでしょうか?
 当主など、各方面から狙ってくださいとばかりの格好の標的になるばかりでなく、裏工作や手回しや人付き合いやその他諸々の面倒事を押し付けられる雑用係でしかありません。
 それだけではなく権力に媚る馬鹿な連中を相手にしなければいけませんし、かと思えば下手な発言をすれば一斉に非難される。
 そんなメリットよりデメリットの方が遥かに大きい立場を、貴殿方の言う“小娘”に押し付ける事が出来るのですよ」

無口で少し口の悪い普段の姿からは想像出来ないほどの冷静、饒舌ぶりは、苛立ちの裏返しだ。
途端に押し黙る一同。
一番最初の、威勢のよかった男ですら、反論の言葉が見付からず、口をパクパクさせている。

あぁ、本当に馬鹿な大人達、甘い権力に焦がれて、その裏の苦渋を見ようともしない。

(カッパが溺れてる…)
「もし、それでも納得いかない方がいらっしゃるのであれば」

そう言うと蜜は立ち上がり、懐から愛用の黒い銃を取り出した。

突然変異、と常言われている黄金色の瞳が、一同を射抜く。

「私がこの場にて、お相手いたします。…さぁ、どうぞ?」

和服の袖が落ち、白い右腕が露になる。
そこに描かれた、一輪の花。


…菊の、刺青。


一族最強の証、日本トップクラスの刻印。
逃れられない宿命を背負う、その器として認められた者だけが刻まれる、鮮やかな黄の菊。
挑発するように銃口を舐める、口許に浮かんでいた笑みは、その花すら色褪せるほど美しく。
その目が湛える楽しそうな表情には、狂気すら感じ。
優しい子だと分かっているけれど、愚かな者には容赦のない、僕の妹の残酷な一面。

それは時に、僕ら姉兄すら恐れを感じる。


『別に良いんじゃね、アキ兄』


あの日妹は、蜜は、特に怒ることもなく、平然とそう答えた。


『怖がられてナンボの仕事だしな。それが姉弟だろうが何だろうが関係ない』

『だけどさ、分かってるんだよ、僕達は。蜜の持つ面がそれだけじゃないって事とか、実は子供っぽい所もあるとか』

『一言余計』

『だからさ…他の人間みたいにさ、同じようにさ、そう言う目で見たくないと思うんだけどね…』

『そりゃ、』


――聞きようによっちゃ、偽善だと思う。



いつも思う。

たった四人の家族、その中で蜜だけが、何処か別の所を見ている気がする。何か違うものに触れている気がする。

いつかそれが、何かを、誰かを、互いを傷つけなければいいのだけれど。何も傷つけなければいいのだけれど。

蜜はその言葉すら、偽善だと笑うのだろうか。





「反論がないようなので、決定事項とみなしてよろしいですね」

今度は、反論はなかった。





(8年目の終わり、9年目の始まり。待つのは地獄か虚無か)


*:..。o○☆ *:..。o○☆

これは消す予定だったのに、何で改訂してんだろ・・・。




TITLE:言ノ葉遊戯

【いぞんせかい】

どうしようもないと思う。
お前も、そしてあたしも。




  【いぞんせかい】/8年目、3月



「暖かくなったよねー」
「そうだな」
「もう3月なんだね」
「寒いのも終わりだな」


春は良い、と蜜は思う。
暖かい日差しに、心が洗われそうだ。…例えそれが一瞬だったとしても。


「全く、何で俺達出席しないのに、卒業式準備なんて…」
「あたしらの時はやってもらうんだ、文句言うな」
「だけどさ」
「だったら6時間みっちり授業して来い」
「それはヤダ」


何で見も知らぬ人間と箱詰めにされないといけないの!
叫ぶ飛鳥は切実だが、もう一度言おう。今は3月だ。


「もう1年やって来たろうが!」
「うん頑張った」
「お前、クラスの人間の名前言ってみろ」
「井関(いせき)」
「他は」
「……」


ぼんやりとした笑顔に答えを見、蜜は深いため息をついた。
予想はしていたとは言え、この隣を歩く女顔の幼馴染み、何か大切なものが抜けている気がする。


「だってさ、蜜が居ないんだよ。地獄なんだよ」
「授業時間程度で大袈裟な。…いや、続けんな。分かってるから」
「周り気にしてる余裕なんてあると思う?」
「続けんなっつったろうが…!」
「…」
「無言で睨むな涙目になんな、別に怒ってねぇから。どうせお前が学校で覚えてる人間なんて、あたしか井関だけだろ」
「…蜜、エスパー?」
「考えるまでもなく分かるわ」


手首に巻かれた包帯と、今現在の満たされたような笑顔が答えだ。
本当にこの1年は酷かった、小学一年生時の再来だと思った。夜泣きの子供を持つ母親の気分だ。しかも無駄に暴れる分余計質が悪い。それ以上に、まさか手首の掻きむしり過ぎで病院の世話になる人間が居るなんて思わなかった。こんなに近くに。
学年で一番離れたクラスまで授業中に駆けつけた回数など、数えたくもない。


「はぁ、早くクラス替えしないかな」
「かと言っても同じクラスになれる確率なんざ低いだろうが」


8クラスもある中で。


「…次、別のクラスだったら俺、金属バットで窓ガラス全部割って行くから」
「やめぃ」
「盗んだバイクで走り出すから」
「何処の15の夜だ」
「この支配から卒業するから」
「尾崎か、やっぱ尾崎か。つか人の話聞けよ」


冷めてはいるものの精神年齢の低い飛鳥が人の話を聞かないのはしょっちゅうだ。
反して蜜の精神年齢が異様に高くなってしまった要因に、確実にこの幼馴染が入っていると断言できる。
すっかり世話係が板についてしまった。


「止めないでよ、俺の一大事だから」
「だから本当大袈裟だっての。ってか止める必要がねぇ」
「というと」
「次は同じクラスだ」


例えば小学校に続き、中学校でも特例で同じ部屋に放り込まれるくらいには。


「…確定?」
「確定」
「おぉっ!」


途端にテンションの上がる飛鳥に、苦笑いを禁じえない。
本当に単純だ。単純で単純で馬鹿で、


「あ、だから蜜からコーヒーの匂いしてたんだね。職員室行ってたんでしょ」
「無駄に推理せんでいい」


その実冴える頭が、たまに憎たらしいけれど。
蜜が居ないと何も出来ない、と真剣に言う、あまりに盲目的なそれが、あまりにも。




――構いませんよ、あたし側から言うつもりだったし
―――助かった!久内には本当に手がつけられなくてな
――そりゃ、小学校からの通達を無視したあんたらが悪いんでしょうが
―――あいつは頭は良いんだがなぁ…カウンセリングに連れて行った方がいいんじゃないか?
――成長が他の生徒より遅いだけです。それに連れていくかを判断するのは、燐明園(りんめいえん)の園長さんです
―――そ、そうだったな…。どうしてもお前があいつの保護者のように思えて
――当たらずも遠からず、ですね
―――久内を止められるのは菊城だけだからな。悪いがよろしく頼む
――悪い事のように言わないでください、不愉快です。同じクラスになるだけなのに





「…って、ちょっと蜜、聞いてる?」
「ボーっとしてた」
「ちょっとは悪びれてよ。で、これからどうする?」
「そうだな、腹は減ったし…」


飛鳥は知ってるだろうか、気にしていないだけなのか。
自分の腫れ物的扱いを。それを疎ましく思いながらも、そのままで居てくれと願うジレンマを。
だってそうすれば、この弱々しい男は。

(きっとあたしの事しか、見ないだろうから)

盲目的なのは自分だと、蜜は思う。
いつ死ぬか分からぬ世界に身を投じ、――そんなつもりは毛頭ないが――最期のその時に脳裏に浮かぶのが彼であればいいと、そのために焦りすら感じるほど必死に、姿を目に焼き付けて、縛り付けている。
…醜い自分と、純粋な飛鳥、同じ独占欲でこうも違うのか。


「なぁ、飛鳥」
「ん?」
「…これで良いのか?」

「何が?」


脈絡のない質問は弱さの塊だ。
何でもない、と濁して話を終わらせる蜜に、飛鳥は首を傾げて。


「よく分からないけど…俺は蜜が居ればそれでいいの」
「、」
「だって他に、欲しいものはないから」
「……狭い世界だな、お前」
「別に良いじゃん」


幸せだよ?と。
何のためらいもなく、真剣に言う、あまりに盲目的なそれが。
蜜には何よりも、愛おしいと思った。






その名は依存
いっそ中毒と間違うほどの
窮屈で優しい時間






(嘲笑うがいい、この日常が、続いていくと思い込んだ、愚かなあたしを)

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