昨日は、夫と電車に乗って横浜散歩に出かけました😊
桜木町駅前
帆船日本丸が帆を広げてました♪
桜木町駅から横浜市役所に向かう「さくらみらい橋」からの眺め♪
横浜市庁舎のアトリウムでは、ハロウィンイベントで沢山の親子連れで賑わってましたよ🎃
市庁舎に隣接している、横浜市認定歴史的建造物「旧横浜銀行本店別館」
ここが【BankPark YOKOHAMA】として10月4日にグランドオープン。
バルコニーは街角ギャラリーの作品が展示され、中には、ギャラリーやフラワーショップやダイニングレストランなどがあります。
ここのグランドオープン記念として「オールドノリタケ展」が開催されてると、磁器上絵付けの先生から情報をいただき、ギリギリ最終日に間に合う事ができました😊
丁度、オールドノリタケ研究家で日本を代表するコレクターである竹内友章氏のトークイベントが始まったところだったので参加させていただきました。
〜開港まもない横浜港から
日本の美と技を携えて海を渡ったオールドノリタケ
100年の時を経て横浜へ凱旋〜
「オールドノリタケとは」
オールドノリタケは、19世紀末から 20世紀前半にかけて日本のノリタケ(旧・森村組)によって製造された陶磁器のことを指します。ノリタケは、1876年(明治9年)に森村市左衛門が日本に森村組を、そして1878年(明治11年)に弟の森村豊がニューヨークに森村ブラザーズを設立し、米国への日本製品の輸出事業を開始したことに端を発します。
その頃、ヨーロッパではビクトリア王朝風の優雅で華麗なデザインが流行しており、米国市場でも同様のデザインが求められるようになってきていました。1883年(明治16年)、市左衛門と豊兄弟はパリ万国博覧会を視察。マイセンなど欧州の美しい陶磁器を目にしたことをきっかけに、森村組は純白で硬質な世界水準の陶磁器の製造・販売に特化することを決定し、1904年には、愛知県名古屋市(武町)に製造工場を設立し、海外輪出を目的とした陶磁器の製造を本格化させました。
最初は欧州のデザインを模倣することから始めましたが、この試みが後に「オールドノリタケ」と呼ばれる日本独自の西洋陶磁器が誕生するきっかけとなりました。これらは工業的にも優れていると同時に、1点1点ハンドメイドで絵付、装飾や金彩などが施され、日本の伝統的な感性と技術が融合した芸術品として高く評価されるようになりました。
そして、1世紀を経た現在、その芸術品は「オールドノリタケ」として、世界中のコレクターに愛されています。
竹内コレクションについて
今回、BankPark YOKOHAMA の CRAFT.に持ち込まれたオールドノリタケは、日本の著名なオールドノリタケ・コレクターの1人で、その所有数でもトップクラスの竹内友章氏が所有するコレクションです。会場には美術館クラスの名品も出展されておりますのでご高覧ください。
同氏はオールドノリタケの研究家として、また INCC( インターナショナルニッポンコレクターズクラブ)のリエゾンとして、日本中のメジャーな百貨店や商業施設でオールドノリタケの展示会を頻紫に開催し、その魅力や芸術的価値、歴史などについての普及活動をトークイベントやお客様との直接のコミュニケーションを通して精力的に行っています。
そして、今回 BankPark YOKOHAMA でも会期中に同氏による全10回のトークイベントを開催しておりますので、ご都合のつく方は是非ご視聴ください。
オールドノリタケが生まれた時代背景や生みの親である森村市左衛門の日本発展への思いなど、とても興味深いお話しをしてくださいました😊
オールドノリタケ
★明治時代の初頭,森村市左衛門を中心とした若者達がアメリカとの不平等な通商条約に疲弊する日本国を憂え、陶磁器を輸出することを始めました。当時すでにヨーロッパは自国の陶磁器産業を確立し、ビクトリア王朝の優雅で華麗なデザイン様式が中心となっていました。
その要求にこたえるため試行錯誤を繰り返し、ついに森村らは江戸時代からの伊万里焼、薩摩焼など東洋様式を脱却し、西洋陶磁器への確立を果たしました。その後、アールヌーヴォー・アールデコなどの当時の最先端のデザインを取り入れることにより大成功を収めました。
その陶磁器はノリタケチャイナと呼ばれ世界中の人に愛されました。
そして今日一世紀の時を経て里帰りした陶磁器は『オールドノリタケ』と呼ばれ、世界中のコレクターの垂涎の的となり、日本でも多くのコレクターの注目を浴びています。
そのような歴史的背景や、選ばれし日本の匠の卓越した技術が目の前にあると思うと、そりゃあもう感動ものでしたよ😊
他にも展示品や販売品があり、眼福、磁器上絵付けの勉強になりました😊
この日の目的は果たせたので、後はあてもなくぶらぶら散歩してから帰る事にしました🚶♀️🚶