私はあの日、津波をみていません。
でもなぜか、頭の中で、高台からあの日の津波をみて、怖いのに目を逸らすこともできなくて、家族がいなくなってしまうところが容易く見えてしまう。

経験していないことなのに、きっとこの記憶はテレビのカメラを通してみたものなのに、まるで自分が経験したかのように感じてしまう。

本当に津波を見た人たちの不安や恐怖やいろんな気持ちを、100%同じように理解することはきっとできないけれど、色々な想像が膨らんで、今お風呂に入りながら、涙が止まりません。

小さい時からそうなんです。
経験していないのに、まるで自分が経験したかのような感情を持つ時がある。自分のことじゃないのに、誰かに直接話を聞いたわけでもないのに、涙が止まらなくなることがある。まるで誰かが私の心に入ってきたように。小さい頃は嫌でした。今でもこんなことを言うと、「わかった気になっているだけだ」と、「偽善だ」「考えすぎだ」と思われてしまうのではないかと思ってしまう時もあります。でもこれが私です。昨年の3月からの自粛期間で、他人からの評価はあまり気にならなくなった。インスタのいいねも必要なくなった。そんな今が幸せで、自分史上、一番自分のことを好きでいられています。自分の好きな自分でいてあげることが、1番大事だと思います。


話が逸れてしまいました。
ここまで泣きながら思い浮かんだ言葉を書いてみました。
本当に、10年前とは思えないほど、鮮明に覚えています。怖かった、そして、それまでの当たり前がどれだけ恵まれていたものだったかに気づいた。10年越しにまた改めて、コロナウイルスで私たちの生活がどれだけ恵まれていたかを実感したし、毎日大事にしないといけないと思ったし、10年前の3月11日も、コロナウイルスのことも、忘れられないし、忘れてはいけないと思いました。

今日も無事に1日を終えられること、朝、目が覚めることに、感謝しています。これからも当たり前が続きますように。