顎変形症日記_どこで治療するの?



はじめまして。ミッコです。

突然ですが、顎変形症治療にかかる全てのお話しをさせてください。


当時、私は高校3年生。成長期を終え、ひたすらに顎が前へ出ておりました。歯並びもガタガタでした。

するとある日突然、お父さんからお話がありました。

「お父さんの歯医者さん友達が言ってたけど、今の時代は顎の治療方法は色々あるんだって」


それを聞いた私。

「そんなの分かってる、めちゃくちゃネットで調べてるもん。でも治療費が高いから家族に言えるわけないじゃん!」

とは言わず、溢れそうな涙を抑えて、

「へー、そうなんやね」と一言。すると


「お父さん、その歯医者さんに伝えたから、今度お話があると思うよ」

とお父さん。嬉しかった。私の家計でも矯正できるんだ、しても良いんだ、って。

その時は感情がぐちゃぐちゃで「わかった」としか返せなかったけど、本当に胸がドキドキした。


それから数日後に歯医者さんに行くと、私の歯並びとか顎の話をされた。昔から「顎」に関する話は避けてきたから逃げたかったけど、ウンウンって聞いた。スライム


私は「矯正装置」を付けるのが本当に嫌だったから(見た目が変と思い込んでた)、お父さんの言う「いろいろな方法」が楽しみだったけど、私の場合はそれは無理で、確実に治療するならやっぱり「矯正の後に骨を切る」ことが1番とのこと。嬉しいような悲しいような複雑な気持ちになったことを覚えています。


ここは矯正を専門的にやってないから、紹介状を持って地元の「矯正歯科」に行ってね、とお話がありました。そうか、この大好きな歯医者さんでは出来ないのか…となりましたが、紹介状を受け取り、その矯正歯科へ行く日程をお母さんと決めました。


時期は高校3年、12月。就職先が決まってバイト漬けの日々をしていた頃です。

学校終わりに矯正歯科へ行きました。


そこは、あまり人がいない狭い病院でした。

しばらくして名前を呼ばれて、診察ベッドへ。


そこの院長であろうオジサンが、気だるそうに

「はい口開けて」

無理やり口をグイーッて引っ張られて、怖い気持ちになりました。

それからブツブツ私の歯や顎に対して文句を言って、

「はぁ…こりゃあ手に負えんな」と一言。

本当に本当にショックでした。スライム

17歳の私には耐えられませんでした。


それからお母さんと院長と私の3人でお話し。


「なんでもっと早く来なかったんですか?もう社会人になるのに。普通学生のうちに矯正しますよね。しかも状態が普通じゃないんですよ。ここの歯は180度回転してるし。これは私では手に負えないので大学病院へ行ってください。紹介状出すんで。」


こーんなに上から目線で怒られること、学校以外であるんやなあ、と思いました。


帰りの車で泣きそうになる私。私だって好きでこんな顎なわけじゃないし、この辛い気持ちは誰にも分からないのに、なんであんなにひどく言われないといけないの??


お母さんは「あんな人に診てもらわんで良かったわ。大学病院の方が良いよ。紹介状もらえたからラッキーだよ」って。

お母さん、きっと自分の責任だって思い込んでるだろうな、と子どもながらに察しました。


もちろん私も小学生の頃に矯正する話は出ていましたが、当時は虫歯が多すぎて、ずーっと虫歯治療をしていたため、矯正の話がいつの日か消えていったのです。

ああ、もっと早く行動すれば良かったのかな。後悔しても遅いか。と、その夜はぐるぐる考え込みました。


それから、お母さんと大学病院へ行く日を決めました。

次回は、「大学病院へ行く」です。ハムスター



[ちなみに]

こちら、高校3年生の私。

顎をどうにかして隠そう隠そうと、顎ピースしてみたりほっぺた膨らませてみたり、そんな写真ばっかり笑



子どもながらに悩んでたなんて知ったら、家族はきっと泣いちゃうだろうな。

このコンプレックス、生まれてこの方、誰にも話したことはありません。

周りからいじられたり、悪口言われたことも、全部自分の中だけに閉じ込めてます。

この暗黒時代も、いつかブログに書こう。


それでは。