【新嘗祭】
古くからの国家の重要な行事であり
「瑞穂の国」の 祭祀を司る
最高責任者である大王(おおきみ)の天皇が
国民を代表して、
その年に収穫された新穀や新酒を
天照大神をはじめとする天地の神に供え
農作物の恵みに感謝し、
自らも食す儀式でした。
「新嘗」とはその年収穫された
新しい穀物のことをいいます。
律令制度のもとでは、
季秋(9月)11日に神嘗祭
仲冬(11月)の最初の卯の日に相嘗祭(あいなめのまつり)
2番目の卯の日に新嘗祭(にいな めのまつり)を
行なっていました。
この新嘗祭のうち、天皇即位
最初に行うものを
特に大嘗祭(おおなめのまつり)という
大規模な祭典となっていました。
現在は新暦に移行したため、
伊勢神宮では10月の15~25日に神嘗祭、
11月23日 に新嘗祭を実施しています。
宮中では10月17日が神嘗祭
11月23日が新嘗祭です。
昔はその年の新米は新嘗祭が終わるまでは
も食べないのが習慣でした。
陰暦の11月の第二卯日というと
太陽暦で見ればこれはちょうど冬至頃に相当します。
瑞穂の国の最大の祭典である『新嘗祭』を
ほぼ冬至に行うということで
1年を冬至から始めていたわけです。
新嘗祭とは
つまり本来は新年の祭りであり、
だからこそ、大規模な式典が行われ、
国民にとっても重要な儀式であったわけです。
新嘗祭がいつ頃から行われていたのかは
必ずしもはっきりしないのですが、
日本書紀で皇極天皇元年(642)の11月16日に
新嘗祭の記述があるのが文献に出てくる最初です。
昔は新嘗祭の前日(大晦日)には
鎮魂祭(たましずめのまつり)が行われ、
翌日に群臣が小忌衣を着て集まって
豊明節会(とよあかりのせちえ)が行われ、
各氏族の自慢の姫たちによる
五節舞(ごせちのまい)が舞われました。
その舞の見事さに天の貴人たちが見物に降りてきて、
その様がまた慶ばしいこので、
その天女たちを大王が五度見上げた、
ということから名前が付いています。
通常の新嘗祭では舞姫は4人、
大嘗祭の時だけは5人で、
いづれも卯日をはさんで
2日前の丑日から翌日の辰日まで、
4日間(つまり大晦日~正月三日)行われました。
この新嘗祭関連の民俗行事としては、
やはり年迎え的な行事が残っています。
能登半島の「あえのこと」などは、
まさに「あえ(饗)」は嘗の意味でしょう。
東日本各地には「油しめ」といって、
餅をつきテンプラを食べて髪に油を付けるという行事もあるようです。
新暦の明治以降、
新嘗祭は11月23日に国民の祝日と定められました
が、戦後昭和23年より
勤労感謝の日と名を変え
「勤労をたっとび、生産を祝い、
国民がたがいに感謝しあう」
日として国民にすっかり定着した
祝日となっています。
本来、この新嘗祭は宮中だけで行われていた儀式ではなく
一般民衆の間も新しい穀物を
神に供えそれを食べて収穫を祝う習慣でありました。
そして現在、
各地の神社でも新嘗祭を行われています。
皆様、良い祝日を
お過ごし下さいませ
