忙しくてアップできませんでしたが、6月8日、退院しました。
実はこの日、本来帝王切開で生まれる予定の日でした。
なぜ帝王切開なのかは、私が子宮頚管が開きづらい体質で微弱陣痛である上、赤ちゃんが大きくなるであろうということと、上の子二人のことを考え、予定の出産がいいであろうという理由でした。
しかし、未曾有の大地震の直後の3月15日、親孝行ののんは、無痛分娩で痛みもなく、小さいために私の体をまったく傷つけることなく、生まれてきてくれました
そして、退院時の頭部MRIでも、一番心配していた新生児仮死の影響や、PVL(脳室周囲白質軟化症)もなかったのです
このお話を先生に聞いた日は、帰りの車でうれし泣きしました
ということで、何の傷害も現時点で残すことなく、のんは退院しました
ちなみに6月8日の誕生花は、ジャスミンであり、うちの家族は全員ある共通する漢字一文字が付く(主人と私は偶然ですが)のですが、のんもジャスミンの「茉」という字に、その共通する一文字が付く予定でした。
しかし、あの地震で主人が仙台で被災し、私が産気づいた連絡を受け、職場の人みなさんの協力のおかげで無事出産に駆けつけることができ、その時自然に主人は今の名前にしよう、と心に浮かんできた、と教えてくれました。私はその話に涙し、賛同しました。
まだまだ岩手や宮城は、自身の爪あとが色濃く残っています。
私もこんな状況でなにもできないですが、日々自分ができることを精一杯やっています。
こんなブログですが、例えば私と同じように、地震の直後予期せぬ出産を迎えてしまい、未熟児を抱えて日々悩んでいるお父さん、お母さんたちに、少しでも励みになれば、と願います。
実はこの日、本来帝王切開で生まれる予定の日でした。
なぜ帝王切開なのかは、私が子宮頚管が開きづらい体質で微弱陣痛である上、赤ちゃんが大きくなるであろうということと、上の子二人のことを考え、予定の出産がいいであろうという理由でした。
しかし、未曾有の大地震の直後の3月15日、親孝行ののんは、無痛分娩で痛みもなく、小さいために私の体をまったく傷つけることなく、生まれてきてくれました

そして、退院時の頭部MRIでも、一番心配していた新生児仮死の影響や、PVL(脳室周囲白質軟化症)もなかったのです

このお話を先生に聞いた日は、帰りの車でうれし泣きしました

ということで、何の傷害も現時点で残すことなく、のんは退院しました

ちなみに6月8日の誕生花は、ジャスミンであり、うちの家族は全員ある共通する漢字一文字が付く(主人と私は偶然ですが)のですが、のんもジャスミンの「茉」という字に、その共通する一文字が付く予定でした。
しかし、あの地震で主人が仙台で被災し、私が産気づいた連絡を受け、職場の人みなさんの協力のおかげで無事出産に駆けつけることができ、その時自然に主人は今の名前にしよう、と心に浮かんできた、と教えてくれました。私はその話に涙し、賛同しました。
まだまだ岩手や宮城は、自身の爪あとが色濃く残っています。
私もこんな状況でなにもできないですが、日々自分ができることを精一杯やっています。
こんなブログですが、例えば私と同じように、地震の直後予期せぬ出産を迎えてしまい、未熟児を抱えて日々悩んでいるお父さん、お母さんたちに、少しでも励みになれば、と願います。



にとまり、さっそく次男に試してみることにしました(背景でおもちゃが散らかっているのは目をつぶってください
)

