とうとう
日本を、世界を、地球を飛び出して、宇宙の話へ。
桜井識子さんの、目に見えない世界に誘ってくれるお話がとても好きです。
なるほどな、と思うことが多く、これまで疑問に思っていたことをいくつも解決してもらえました。
先日の朝ドラで、帝大生が主人公に
妖怪や神など
「目に見えないものの時代は終わりだ。日本は過去を振り返っている場合じゃない。海の向こう――西洋を見ないといけない。」
と言う場面がありました。
江戸から明治と移る時代に、日本はこのような思想から、衣食住すべてにおいて、大きく変化していったのがわかります。
そんな時代の流れから、日本の森や自然を守ろうとしたのが、
明治神宮百年の森 本多清六
粘菌研究で有名な大天才 南方熊楠
日本植物学の創始者 牧野富太郎
など。この時代、100年先、1000年先を見据えて行動した人々がいました。
そんな先人たちのおかげで、
明治時代の急激な西洋化からかろうじて日本の山林は守られましたが、やがて世界大戦に巻き込まれ、敗戦。大きな傷跡を残しました。それでも、国破れて山河あり。
しかし戦後、政府はGHQとともに、日本伝統文化を卑下するような、強いアメリカのようになろうというキャンペーンを展開。再度、社会構造が大きく変化します。
戦時中に大量の木が切られ、ハゲ山となった山々には、広葉樹に変わって針葉樹が植えられました。まだ、山の木々がお金になる時代でした。
そのまま高度経済成長期に突入。やがてバブル期になり、弾けて失われた30年へ。
かつては、木材の自給率は100%でしたが、規制緩和と円高で、安い輸入材が使われるようになり、住宅の造り方も変化し、国産材が使われなくなりました。
結果、日本の山の木は高くて売れなくなり、林業が衰退。山が荒れ始めます。
そして、現在。戦後80年。
先祖代々の山や田畑を守る、と頑張ってきた世代が、だんだんこの世を去りはじめ、相続税の高さゆえに、田畑は売られ、山も売られて削られ、宅地や駐車場にメガソーラーなどに変わっています。
人の営みはどんどん変わる。
それは歴史を見てもよくわかること。
それでも、山や森や田畑や神社など鎮守の森は、日本の心の風景として、代々大切に大切に繋がれてきました。それが壊れつつあります。グローバル化の波にのまれて、小さな美しい里山の循環が壊れてしまったのが大きな原因でしょう。
経済優先の時代に、お金では換算できない幸せが故郷の風景にありました。
先人たちは、先祖代々の土地を守るという義務感だけではなく、故郷の山や水や空気や大地や生きものたちに、心地よさや愛しさ感じとっていたからだと私は思います。
On ne voit bien qu’avec le cœur. L’essentiel est invisible pour les yeux.
(心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないんだ。かんじんなことは、目に見えない)
これは星の王子さまの言葉。
愛とか、思いやりとか、自然界に存在する目に見えないものたちなどは確かに存在していて、私たちは、すべて繋がっている。この目に見えないものと繋がることで、人間は心からの安心感と幸せを感じるんじゃないかしら?
「どんなに科学が進んでも、人は土から離れては生きられないのよ!」
これは、宮崎駿監督の「天空の城ラピュタ」でヒロインのシータがムスカに言い放つ言葉。
現代は、大きな大きな転換点にいます。
わたしたちは、地球のわずかな薄い薄い表層に生きているにすぎません。
そんな人類が未来に向けて何を選ぶか。今は、それを最終的に問われている時代。
欲望のまま、経済優先で突き進んだ人類は、とうとう気候までをも変えてしまった。
ある研究では、
土壌の微生物多様性が高い地域に住む人々は、腸内細菌の多様性も高く、アレルギー疾患の発症率が低いことが証明されたそうです。
まだ少しずつですが、土壌と腸内の微生物が人間の代謝と免疫システムに直接的な影響を与えている、ということ。
まだまだこの分野は研究途中で、人類は目に見えないものの存在意義に気づいていないだけ。でも、先人たちは経験からちゃんとわかっていました。
これから、遺伝子レベルで土壌や腸内の研究がさらに進むと、ようやく、人類は自然界の複雑で素晴らしいシステムの一端を知ることでしょう。
その時に、失われたものの大きさに気づいて嘆くか、先人たちが必死に守りぬいてくれたことに感謝するか。
私たちは、受け継いだバトンをどうするか問われています。
グッドアンセスター(良い祖先)になれるかどうかの分岐点に、私たちはいるのだと思います。
そして、やがては、
目に見えないものは宇宙にも繋がっていることも知るでしょう。
未知との遭遇は、案外近いかもしれません。