リアルで関わる人達には中々話せない事を
書きたいなと思って始めました。
誰が読んでくれるかも分からないけど…私の事を。
2022年、9月。
前にいた職場で仕事中意識が遠のいて…
翌朝病院に行き重度の貧血。
小さい頃からのかかりつけの病院で先生から
『働いてる場合じゃない』
『ヘモグロビンが生命維持ギリギリの数値』
だと怒られ原因を突き止めるためにいろんな検査を。
胃カメラや、婦人科系、
何も見つからないまま残すは大腸カメラ。
初めてだらけだったけど
顔見知りの看護師さん達に付き添って貰いながら
麻酔で眠り…
結果を聞きに行く際『お母さんも一緒に…』って。
そして癌が見つかりました。
食生活や昼夜逆転の生活や運動不足など
色々重なった結果直腸癌でした。
今思えば予兆があったのかも…
なんて思いますがそんなの今更。
ちょうど勤めてたお店が閉店するんで
治療に専念しようと退職して無職になりました。
年齢的に若いから進行が早いらしく。
だけど、中々手術が難しい場所。
かかりつけの先生が色々な先生に連絡取ってくれて
診断が出た翌日には某大学病院へ。
とりあえず今日の今日で入院はないから…との事で
最低限のいつものバッグで行ったら
外科の教授先生が最初に診てくれて、
一緒についてた先生が主治医になって
『検査したいから入院してください』って即日入院。
入院自体は初めてじゃないものの
命がかかった入院は初めてだから怖くて…。
ちょうどコロナ禍で面会とかも不可だった頃。
1人で全ての不安を背負い込んで限界だった。
消灯時間過ぎてから見回りに来た看護師さんに
泣きながら不安もいろんなことも何もかも話して
眠剤を出してもらって寝る…っていう日が続いた。
この頃はなんか夜寝るのが怖かった。
朝方、空が明るくなってきて人が動き出した頃に
ウトウトして検査以外の時間で睡眠を取る…
夜必ず眠剤もらって飲むものの
眠れて1時間…
2時間眠れた時には(あ、眠れた、良かった)って。
検査一通り終わって先生と話しながら決まった事は
◎手術より先に抗がん剤と放射線治療を受けて腫瘍が小さくなるのを願う。
場所が悪過ぎて、そのまま手術受けたら
生涯人工肛門になる可能性が大きかったから。
私がまだ30代だから少しでも普通の身体で…
って決めてくれた事。
◎いずれにせよ一時的には人工肛門になる。
腫瘍の縮み具合によっては
生涯人工肛門の可能性も大いに残ってるって事。
抗がん剤治療始まって
家族と食器も何もかも全てを分け
大皿で出してた料理も取り分けて出すようになり。
だけどそのうち吐き気とか食欲減退して
お皿が並んでるのを見るだけでウンザリして
一皿完結のご飯が多くなり、
更には食べたくない時もあって
ヨーグルトとかばかり食べる期間もあったりして。
自分の身体が自分じゃなくなっていく感覚。
なんていえばいいのか分からないけど
体力的に思い通りに動けなくなったり
吐き気だったりで無意識に涙流してる時もあった。
抗がん剤は基本は飲み薬だったけど
放射線は通って受けて…
その頃、体力これ以上落ちたらヤバいと思って
公共機関使って通院してたけど
免疫が落ちてたのかコロナに感染。
=治療もストップ。
(あ、治療止まっちゃうんだ…
この間に進行するのかな…
治させて貰えないんだ…)って
とんでもなくネガティブ思考になってた。
少しして治療再開出来ることになり
体力よりも自分をコロナから守るために車で通院。
自分で運転するのがだるい時は
弟に仕事を休んでもらったり、
半休取ってもらったりして連れてってもらってた。
抗がん剤も放射線も全部終わった。
そして腫瘍は小さくなってくれてた。
先生が『取り切れるし、肛門機能を残せそう』
って言ってくれて嬉しかった。
事前説明された。
18時間近い大手術になると思う。
術後はICUで2日3日休む。
本当怖かった。
長時間手術だと
稀に麻酔が切れて覚醒する人がいるとか。
いろんな科の先生達が集まってくれた手術室に入ると
色々着けられて、術着は脱がされて…
麻酔科の先生がマスク当ててくれて深呼吸して…
気付いたら耳元でカチャカチャと鳴ってる音。
一瞬、覚醒!?ってドキッとしたけどその直後
『○○さん、聞こえますか?終わりましたよ』の声。
『聞こえたら手握ってください』って言われて
手を握った所までは覚えてるんだけど…
その後『○○さん、ICUです。ボタンここにあるんで何かあったら呼んでくださいね。』
って手元にボタン置いてくれたらしい。
身体が熱くて、痛くて…喉には管が入ってるから
声にならない声を出して『あつい…いたい…』って
訴えて脇のところを冷やしてもらったり
寝返り打たせてもらったり…
そんな中、思い出した。
長時間手術になるから弟が家で連絡を待ってる!
手元のボタンで看護師さん呼んで
カッスカスの声で『家に…電話…を…』って言ったら
汲み取ってくれて『○○先生(主治医の先生)がご自宅に電話しました。弟さん、安心してたみたいです。』って。
※弟と2人暮らしではないんです。親子3人なんですけどタイミング悪く母親も入院してて弟しかいなかった状態でした。
『よかった…』ってそこからまた寝たのか
どれくらい経ったかガヤガヤと騒がしい。
『○○さん、聞こえますか?そのままでいいのでCT撮らせてくださいね』って。
身体中バキバキで痛い中、
背中の所に固い板を入れられて…
術後のこの間、顔が浮腫んで目が開かないっていう…
だから何するにも目閉じたまま、
自分がどんな姿してるのかも分からないまま…
CT撮った後『この後、病室戻りますよ』の声。
(え…2日3日ICUって言われたのに?)って思いながら、とりあえず頷いて。
病室に戻り…
半日経たずに起き上がる練習させられるという。
これに関しては看護師さんによって変わるけど
女性の看護師さんはベッドを起こしてみましょう。
男性の看護師さんは腕をガッチリ掴んでくれて立ち上がってみましょう。って…いや、この差なんなん。
さすがに困惑した。
背もたれ起こすだけでも目が回ってフラフラ気持ち悪いのに立たされるんか…って思いながら。
そして、夜…横になったまま腹部を撫でて確認。
お臍の少し右隣にパウチがついてる。
少ししたら先生が来て
『予定通り一時的なストマ(人工肛門)で済みました』って言ってくれて
『ありがとうございます…』って答えたけど。
初めての事過ぎて戸惑う。
人工肛門っていうくらいだから、
そこから排便されるわけで。
肌もかぶれるし、
お金かかるし、
ニオイ気になるし、
音気になるし、
見た目気になるし、
好きな服着れないし…
手術した所の縫合が落ち着くまで、
あとはお尻周りの筋力が戻るまで…
なんだかんだ人工肛門を落とすのに
私は10ヶ月かかりました。
その後、1年8ヶ月経った今現在
排便障害を患ってます。
筋力が戻り切ってないからなのか
トイレを我慢出来ない。
逆に出しきる力がない。
頻度は減ったけど、便失禁も稀に…
常に下着にはナプキンや、
パッドを着けてないと不安だし、
放射線治療でお尻周りの皮膚が弱くなり
排便後拭く時に力入れすぎると皮膚が擦れてしまい
普通に歩くのもままならなかったり
常に違和感があったり…
稀に出し切ってスッキリする日もあります。
でも間隔が決まってないし
酷い時は歩けないし眠れないし…
結局仕事を辞めた日から、いまだに無職です。
何かスキルがあれば在宅でも出来たかな…
スキルがなくてもPC使えれば何か出来たかな…
今更思うのは治療中、資格取る事できたよね…って事
だけど、当時は精神的にもやられて
資格とか将来的なことを考える余裕はなかった。
あとは放射線を下腹部にやってたから
子宮も影響受けて、もう生理はきません。
なので子供も産めません。
性欲、感度がほぼなくなりました。
=パートナーとの性交渉は痛いし、感じないから
私はハグやキスで満足するようになりました。
だけど、相手はそうもいかず…
結果、フリーに戻りました。
排便障害って、患ってる人にしか分からないと思う。
同じように直腸癌やって、
一時的に人工肛門増設して
その後落として…
完璧元通りになった人いるのかな…なんて思う。
全て自分が悪かった事。
自業自得だけど…
ここまでの試練を与えられるとは思ってもなかった。
読みにくかったかもですが
長々とありがとうございました。