長年運転してきた人生だったが、
今日を持って車を手放しました。
一抹の寂しさも感じるが、長きに渡って運転して来て、
事故なく、いえ、少し擦った方はあります。確か駐車違反も。
去年は一時停止違反。ニトリに行こうとして⚠️👮
過去に何台乗ってきた?だろう。
マスタングを盗難にやられたのは惜しかった。今ではマスタングの輸入は無いそうで。
軽自動車は、これが初めて。
お付き合いご苦労様でした。ありがとう😊🚙
長年運転してきた人生だったが、
今日を持って車を手放しました。
一抹の寂しさも感じるが、長きに渡って運転して来て、
事故なく、いえ、少し擦った方はあります。確か駐車違反も。
去年は一時停止違反。ニトリに行こうとして⚠️👮
過去に何台乗ってきた?だろう。
マスタングを盗難にやられたのは惜しかった。今ではマスタングの輸入は無いそうで。
軽自動車は、これが初めて。
お付き合いご苦労様でした。ありがとう😊🚙
ブログ、と言うものに出会ったのは最初はmixiだった。
知り合い同士だけでやり取りしていた。
まだ何処かに残ってるはずだけど、放置!!20年近く前だった。2004年頃??
同時進行でYahooブログを始めた。仲良しさんが始めたのを、私に教えてくれて作ってみた。
Yahooブログは相当長くやっていた。
2006年から始めたかな?ブログを通して、バーチャルな友達が何十人もできた。
Yahooの会社がブログを強制終了するまで続いた。
勿論終了する予告はちゃんと知らされた。
驚くことにブログで知り合った人の中で、亡くなった人が何人かいた。
癌が発見され、とうとう命絶えたある若い男性。その知人がパスワードを託され、死後ブログ上で皆に知らせた。
自死した女性。ブログ仲間でもあるその人の友人が連絡が途絶えて訪ねて発見した!
また関西の画家でもある素敵な女性。実名を出していて描いている絵の写真や、自分の写真も出していた。
猫を飼っていて猫をよく絵に描いていた。
ピエール ドゥ ロンサールと言うバラを見事に育てていた。
私が母を引き取って看ているころ、ブログで腰が痛くて椅子に座って絵を描くのが辛くなったと言っていた。
整形外科に通っても治らず、生活も逼迫していた。
一人暮らしをしていたが、息子は独立していた。
そうこうするうちに、腰、というかお尻周りが痛かったのは、実は癌だと分かった。
癌が判明してから、あっという間に亡くなった。
パスワードを託された息子さんからの報告があった。
52歳くらいだったと思う。
ピエール ロンサールの苗は誰か掘り上げてもらって行ったなどなど、亡くなってもブログ仲間がやり取りしていた。
Yahooブログの他に。私の写真の思い出保存のブログもある。【森の木陰で】と言うタイトル。放置してあるから、パスワードも不明。
今で言うInstagram?写真愛好家が写真を出し合い、互いにコメントをし合う。
ターシャの小径、の写真を私が出したのはその頃だ。
ブログで知り合って、リアルに会いたくなるような魅力的な文章を書いたり写真を載せる人もいた。
北海道の素晴らしい写真で私を和ませてくれたあの人。北海道で精神科医をしていると書いていたけど、今思うと、疑問だ。
そんなに写真撮りに、出かける暇があったのだろうか?
ブログは自分に名前をつけて別の人間になれた気分を味わえる。
果たせなかった自分。
私の名は?【香蘭】他に【瑠花】
知り合いのいない大阪での暮らしは、ほとんど毎日がブログでバーチャルな世界の仮名な人とのやり取りに明け暮れていた。
ゲームのゴルフで競い合ったのもその頃。ゴルフ仲間のやり取りも楽しかった。
パソコンが私の友達となった。
ブログで聖書の事とか出すと、内容からリアルにどこの誰だか特定出来る相手ともブログ上で知り合った。
なんと、世の中は狭いものなのか!
だから、教会の世界で誰かの名前をリアルに書いてはいけないのだ。書いてる人は自分だけ読んでると思っているけど、検索繋がりで、ヒョッコリ、教会内部争いの実情がヒットしてしまうのだ。
そんなブログもYahooブログの終了と共にバーチャルな人とのやりとりは無くなった。
あ!Facebookもあるね。
あれは、いかがなものか?
それも、教会の実名のわかる人とだけ交流していたけど、実名って?
去年たみちゃんが、Facebookを止めます、と言って閉じた。閉じて引っ越した。
私は最近Facebookを再び立ち上げた。
アメリカの親類に。桜が咲いたよとか、そんな話しを。あとは、信仰のことだけ。
バーチャルな友はいらないな。
イイね、なんか欲しいわけでもないし。
だけど。たまに、面白い場面に遭遇すると、他の人と共有したくなるね。
幼稚園といえば5歳だろうか?誕生日が来るまでは4歳だったかも?
ある寒い冬の日、あまりの寒さに幼稚園を黙って家に帰ってしまった。
家に着くと祖母と母がコタツにあたって、さつまいもを蒸したのを食べていた。
「どうして帰ってきたの?」
私は「ストーブに当たるとこが無くて寒かったから。」と答えた。
さつまいもを一口食べさせてもらえたのか?親は非常に驚いた様子で、私を幼稚園に連れ戻した。
そこで、ある謎が明らかになった。
実は私の上履きが秋から誰かに盗まれていつも裸足で過ごしていたのだ。冬になり足が冷たい事を打ち明けると、不思議なことに翌朝、私の席の椅子の下に上履きが置いてあったのだ。
「良かった。誰が戻したんだろう?私の椅子の場所も良く分かったな?」と一瞬不思議に思いながらも、そのまま深追いはしなかった。
ところがあれから70年近くたって、あの時の犯人はクラスの先生だったと思えるのだ。
そもそも生徒だったら、自分の周りに隠し場所がないはずだ。
私達は自分のお弁当の入った鞄を入れておく棚は、一人づつあてがわれていたが、そこに隠すことは出来ない。
何故先生だと思うのか?
夏に起こった出来事だ。幼稚園では夏、昼寝タイムが用意されて、各自昼寝用布団を搬入することになった。
私の布団は立派で、フカフカで大きく、生地も模様が特徴的で浮世絵のような絵柄だった。
先生が独り言で「お昼なのになんでこんな大きな布団を持ってくるんだ?」と怒っていた。忌々しそうだった。
お弁当の鞄も、籐で編んだバスケットだった。
上履きは、着物を着た時に履く、高級な草履だった。
何かしらことごとく、癇に触る持ち物なのだ。
私の上履きを隠したのは先生だとしても、
その後小学生になっても、よく物を盗られた。
体操着、外用の靴、工作で作った竹籤の飛行機、消しゴム、などなど。
何かしら癇に触る子なのに違いない。
小学校時代は服を買ってもらえない子が、盗ったと思う。私の場合、無くなってもまた買ってもらえたから。