『子供の不登校』はーちゃんが、学校に行かなくなったのは中学2年生の春だったあれから3年半経つ中1からあまり学校に行かなくなって全く行かなくなるまで取っ組み合いのケンカをどれだ…リンクameblo.jp


⬆︎はーちゃんが不登校になったのは
中2の春でした



その時の私は
毎日、はーちゃんの様子を伺っては
起きろームキーだの
学校行けームキーだの
何で行かないんだームキー
こんなやり取りを繰り返していました


中1からちょこちょこ休むようになっていて
その頃から
私が本当に嫌だったのが

『先生とのやり取り』だった


何でこないのか?
って聞かれても
私が聞きたいえーん
私が教えて欲しいえーん


休むたびに連絡が入る
もう
もう
もう



自分が責められてるようで怖かった



そうしていると
これは私への罰なんだと責めだす


私が離婚したからだ
私が今まで、はーちゃんをちゃんと見てあげなかったからだ

あの時もあの時もあの時も
本当は、ああすべきだったのではないか?
もっと私が我慢すべきだったのではないか?
もっと手を掛けてあげるべきだったのではないか?


考えれば考えるほど
自分を責める


と、同時に
はーちゃんのことも責める


もっとできるでしょ?
我慢できるでしょ?
なんでそんなワガママ言うの?
何でそんな自分勝手なことができるの?
何でそんな酷いことをいえるの?
もっと頑張ってよ




そう、
はーちゃんに言っていた言葉は全部

ずーっと
私が私に言い続けてきた言葉だった





でも私は
頑張りきれなくて
離婚した
途中で投げ出した
ワガママを通した
子どもたちからしたら自分勝手なことをした





自分で自分を責める




こんなことで
私はバランスを取り続けていた




このことに気がついたのは
心の勉強をしたからなんだけど


心を勉強をしたということは


心のバランスを崩したから





ある日から
頑張れなくなった




私はパニック症という形で出たんだけど

あ、ちなみに心をバランスを崩したのは
離婚する前なので
はーちゃんが、不登校になる前の話です。



心のバランスが取れなくて
パニックが出た


カウンセリングというものを初めて体験した



離婚した



心理学の勉強を始めた



はーちゃんが不登校になった




ざっくりこんな順番ですニヤニヤ



あ、話がそれたけどね



そう結局
私が見ている世界は



頑張らなくてはならない
逃げては行けない
ワガママ言ってはいけない
自分勝手なことをしてはいけない




と、いう世界だった




でも、その世界をやり続けられなかった




と、いうことは
その世界は
私にとっては


無理をしている世界


と、いうことだった



だけどその生き方しか
その時までは知らなかった



だから
子どもにもそう教えてきたし
自分もそう信じてきた



けれど

違うのかもしれない

と、いうことに気づいた


違う世界もあるのかもしれない、、、


それはまさに
真逆の世界



頑張らなくてもいい
ワガママを言ってもいい
逃げてもいい
自分勝手にしてもいい


そんな世界…



お、お、恐ろしい



けど、けど
もう、その時の私は
どうしたらいいのかわからなかった



やけくそだったニヤニヤ



この不登校事件を
心理学の師匠の心屋仁之助さんに相談した時の答えは



あなたがやりたいことをやってね


でした。


やけくその私は
この日から
マジで、この言葉を実行したんです!



どんなに怖くても
ビビりながら
オシッコちびりそうになりながら


そしたら
すっかり私自身が変わりました



あれから3年半



その間私がやってきたことは



私がやりたいことをやる。


これ、一本。


さて、そのやりたいことをやる、、
ってなんやねん!!!
って話はまた!



今日は人生初のコインランドリーです!
洗濯機調子悪い!