無脳症とみられていた片方。結果から言うと、そうではなさそうとのこと。


下からエコーなので、内診室に呼ばれる。夫も一緒。
前にも書いた通り、ここの内診室は先生との間にカーテンはない。

言われるがままに夫も入り、立ち位置も先生に指示される。もちろん頭側ね。

向きが良くて、二人良く見えてる。
大丈夫そう。

確かそんなようなことを言いながら、エコーで診ていた。


内診エコーが終わって、診察室に呼ばれる。

今日の時点で、双子は問題なさそう。
胎盤が一つのタイプで、いわゆる一卵性。それにともなうリスク。
ここでの管理、出産は出来ないから大きいとこ紹介する。大学病院か市民病院。
同期が教授でいるから大学が安心。

そんな説明を受けた。
一先ずほっとしたところで先生が『双子でも(まなかな)みたいな似たような名前じゃだめだよ。』と、なぜか早々と名付けについての話しに展開。



とりあえず『はい』と答えておいたけれど、後に本当に名付けの場面でこれが焼き付けられていて、違う名前…違う名前…とそれはそれで、悩みの種となりましたガーン

これでやっと母子手帳をもらう手続きができる。

次回までに母子手帳をもらってくること、その時に紹介状を渡すと言われ、この日の診察は終了。


妊娠発覚から、まさかの双子発生、そして一人ダメかも等など盛り沢山の展開は少しここで落ち着きます。
夫と話して、どんな結果を出したのか?全く記憶にないけれど、7月16日二人で病院へ行った。

ここの病院は不妊と妊婦は待合室が違ってる。もちろん私は検査ながらも、不妊の方しか行ったことなかった。

自分がそこの待合室で一人で待っているとき、旦那さんと来ている人は何となくうらやましくもあり、心のどこかでウザくもあり…。
夫は協力的じゃないっていうわけじゃないけど、むしろ協力的な方と思うけど、やっぱりモジモジして検査を受けてくれなかった…という経緯がある。

だから夫と待合室ってのは、何となく気が引けた。


………そんなこと考えてた。
余裕があったわけじゃないのにね。
その夜、もちろん夫と話し合った。




。。。のだと思う。
けど、今その時のことはまったく思い出せない。

きっとかなりの驚きや、ショックやなんかで記憶が飛んでるんだと思う。


夫と私、二人の赤ちゃんが欲しかったのか…。
それとも『赤ちゃん(子供が欲しい)!!』と強く思いすぎて、妊娠=ゴールのような気もしていたのかもしれない。
ゴールしてほっとしたはずなのに、何なのこの流れは!?って。



そうそう、前にも書いた最低な職場の続き。

この時休むと連絡したのは、とりあえずこの一日のこと。
なのに~?
ですが~?
唯一の職場の友人から、体調を気遣うとともに『もう来ないって本当?』というメールが…。
いや、行きますけど。
ん?むしろ行かなくていいなら、それはそれでいいんですけど。
もう、呆れて自分の体と中の人のことで、こんなことばかり言う職場なんかどうでもいいやって気になったし、本当気持ち的にそれどころじゃなかった。
そういえば妊娠がわかって、報告したのって職場くらい。
報告というより、身を守りたかったから話したという感じ。

自分の妊娠…お腹の中の人達のことを信じていないとかそういうんじゃなくて。
妊娠したら、出産するってのが当たり前なことじゃないっていうのを、この歳になればなんとなくわかってた。

だから、誰かに話すことが怖かった。
母親にも話していなかった。
けど、双子のことでさすがに不安になって帰って電話で話した。話しているうち、泣けてきた。

ついさっきまで、友達の家でDVD見ながらタバコ吸って遊んでたくせに、私ったら泣いて話してた。


母は『明日二人で行って、もう一度よく聞いてきなさい。双子が無事であることを祈ってる』というようなことを言ったんだと思う。
母はなんというか、動じない。
そういえばまだ実家に住んでいた頃、部屋にでっかい蛾が入ってきて、母にどうにかしてもらったことがあった。
後で聞くと怖かったらしいけど、私としては母がどうにかしてくれるという安心感が、なぜかあった。

。。。そんな状況になったとして???
やっぱり私に『母親』というポジションに立つことは、難しい気がした。
心拍確認したのはいつだったかな?


7/15(水)そろそろ母子手帳をもらうための用紙(?)がもらえるはずだった。
いつも通り、先生と話しながらエコー。(ここの病院はカーテンせずに内診で、最初がこうだったから後々カーテンがある方が嫌だったガーン)
エコーの画面見ながら、先生がやけに時間かけて診て、『ん?あれっ?ふたりいる。でも、これ…』って。。。



!?いやいやいやいやいや、まったく意味わからないし(゚ω゚?)どういうこと?
ええええええぇぇぇぇ~!?双子!?
ちょちょちょちょっとまじで!?
え?だってつい先週までそんなそぶりなかったじゃん。

覚えているのは、うれしいとかそういうのより何だか現実味がないというか、人ごとのような感覚。。。

エコーを終えて、診察室へ呼ばれるまでの待合室で双子用ベビーカーでの散歩って妄想したのを覚えてる。
意外と自分、お気楽。

診察室に呼ばれ、先生から『双子、一人ダメかも。ここがおかしく見えるんだよね。何回も診たけど』って、エコー写真見せてくれた。
そこには本当に二人写ってるのだけど、先生が指差して言うように一人の頭の上が無いように見えた。

お腹の中では生きていけても、外で生きていくことは出来ない。
無脳症。
一人がダメと分かってて、リスクある双胎妊娠を続けるか。
今回は諦めるってのも一つの選択。諦めるならあと数週間で決断しないといけない。
違う先生の目での確認が必要だから、大学紹介する。
明日、旦那さんと一緒に来て。

そんなようなことを言われて、とにかく現実味がないもんだから、ショックって感じもないまま病院を出た。

駐車場で電話。3件。

夫へ。明日、時間を取ってもらうよう、だいたいのことを話す。

職場へ。明日休ませてほしいと。理由は体調不良とした。

友達へ。今病院終わったから、これから行くねと。

今なら『なんで?』って思うけど、この時はやっぱり現実味のない人ごとのような感じだったから、予定を変えることなく友達の家に遊びに行った。タバコも一本吸った。
友達に、赤ちゃんだめかもって話しながらDVD見たりあせる

なんかよくわからなかった。何がホントでウソなのか。
フワフワしているような。
受け止めきれなかったのかな。自分の中で。 

続く
浮かれ気分は一瞬でしたガーン

だってよく考えたら、仕事。
重いもの持てない、夜勤できないビックリマーク

。。。と言うより、したくない!!
だってせっかく私のところに来てくれた赤ちゃん、無事に出産までたどり着きたいビックリマーク

だけど、今まで二人の生活でおいしいもの食べたり、旅行行ったりで、いい年して蓄えが微々たるもの汗夜勤できないと生活が厳しい。

とかいろんな葛藤が。。。

あと、職場はママや妊婦に厳しい。そこで続けていけるのか??
というのもトップが未婚。そのとりまきは長い間不妊治療だったり、流産数回繰り返してたり、子供作らない?できない?という面々。
それらの人達のその背景が悪いとは言わないけど、働くママや妊娠中の人目掛けてあからさまに目の敵にされているのを今まで見てきたから、最悪辞めようって選択肢も出てきた。


さてさて、まずは夜勤免除の交渉をしなければ。
トップに妊娠を伝え、夜勤免除をお願いしてみた。
『流れるものは何してたって流れるんだから、特別扱い出来ないよ』

は?え?ばかですか?
すんなり了解してくれるとは思わなかったけど、そんな言葉出てくる人っているんだ。話になんないなって冷静に思いながら、労働基準局どこにあったっけ?って考えてた。

申し訳ないけれど、とにかく今組まれてる夜勤は直接交渉で、他のスタッフにとってもらい、その上に話に行くことにした。
行ってみた。。。けど、まぁ同じような対応。
もう、ここを辞める決心がついた。
でも、今後こんな嫌な思いする人が続かないよう、安心して産んで戻れる職場に改善してほしいという思いと、上の人達に対して思い知ってほしいという思いで、後日労働基準局へ相談、通報し指導が入った。

労働基準局まで行ったことは、決してやりすぎとは思わない。

そんなこんなで、7月末に退職することになりました。

続く
6月19日(金)
夜勤だったけどお腹の違和感と、体がだるいのか、体調がなんだかおかしくてドクロこの時初めて『もしかして?』って思った。

まず自分の体がおかしくて、ちょっとサボり気味にその日の勤務をこなしていった。

帰りにドラッグストアで妊娠検査薬を買おうと、張り切ってその日の勤務を終えました。
チェックワンというのを買って、家に着いて早速チェック。ビックリマーク


。。。なぜか『まさかね?はてなマーク』って思いもあって、何の躊躇もなく、むしろ好奇心のような気持ちもありで。あせる

もちろん一年経たないいうちに、今のてんやわんやな生活が待っているなんて夢にも思わず。。。


結果は説明書にあった時間を待たずに、あっという間に陽性。!!
そこからは夫に連絡したかどうかは覚えていないけど、たぶん夜勤明けだから寝たぐぅぐぅと思う(笑)

子宮外妊娠も怖いし、ちょうど月曜休みだったから、早いかなと思ったけど前に検査で診てもらってた病院へ電話。予約外で診てくれるとのこと。

検査薬で陽性だったから、もういきなりエコー。黒くて、小さな胎曩がすでに見えた。アップ

4週4日。

うれしかった。とにかくその一言。
でも、先生からは『まだ袋しか見えないし、初期は流産しやすいし心拍確認できるまではまだわからない』と。

そっから、イロイロ妄想。
お腹大きくなったらマタニティ服だなぁとか。

!!!仕事、どうしよう?

続く
5月18日。いつものように生理が来てげんなりガーン

だけど23日には親戚の結婚式へ。
従姉妹は妊娠6ヶ月。目立ってきたお腹を抱えてのかわいいお嫁さん。
見ていて幸せな気分になったけど。。。
1%くらい、なんというか私には赤ちゃんがまたいないんだ。。。って卑屈な気持ちにもなってしまい、
自己嫌悪ショック!


。。。あとになってみれば、このときが妊娠0週でした。


生理の周期が28~30日で、来ないことや遅れることがほぼなく順調でした。
だから6月、すぐに気づいた。

程度に差はあるものの、生理前はだるかったり、生理痛のような痛みと違和感が続いてやっと生理
が来るって感じ。
もちろん6月も、そんなお腹の具合がしばらく続いて。。。。
で、トイレに行って『あ~今月も来たしょぼん
でも?あれ?いつまでたっても、来ないよ?
何?この体調の悪さ???お腹のビックリマーク変な感じ。
2008年6月。日焼けを気にするくらいなら、夏になる前にと34歳にしてのジューンブライドでした。

その前から一緒に住んでいて子供が早く欲しかったけど、結婚式も挙げたかったから終わったらすぐに子供!って思ってました………


が、子供ってそんな簡単に授かれない!?っていい年して、そこで初めて気づいたんです。

それから基礎体温を付け、排卵検査薬で自己流にタイミングをみながら~。。。が、半年。
生理が来るたびに泣きたくなって、イライラするようになってきたしょぼん

これじゃだめだと、不妊もやってる人気の産婦人科へ相談へ行ったのが2009年1月。

寒いのが大の苦手で、休みの日は寝ていたい。そんな私が1月に行動とは、今思えば余程思い詰めてた…というかアラサーからアラフォーになっ(自分基準で)、焦っていたんだと思うなあせる

月経周期に合わせて何種類もの検査をしていくから、一通りこなすのにだいたい2ヶ月。
休みも潰れる、お金もかかるけど、あの頃は必死検査をこなせば、赤ちゃんに会える!くらいに思えてだった。

夫の検査もなんだけど、時間がないのと嫌がって、結局受けないままとなりました。

とにかく出来る検査はみんなして、最後に卵管造影。これが生理痛の7倍くらいのお腹の痛みでガーン
結果、異常なし。そして『卵管造影後どういうわけかすんなり妊娠する人が結構いるんだよ~。半年、タイミングみてダメなら次のステップにいきましょうか』と先生。

じゃぁ半年待ってみようと思いつつ、3月、4月、5月と過ぎ生理の度に本当がっかりとイライラで参ってきてたむっ


続く
初めまして。どなたか。
双子育児が始まり、2ヶ月が経ちます。
記憶が飛んでいたりする程の、おっぱい→ミルク→おむつ→抱っこ×2の延々ループ&ループ。

自分の記録に、そして目に止めていただいた先輩ママからアドバイスいただければとも思いますし、これから双子育児に突入される方の参考になればと思い、出来るときに更新していこうと思ってます。


まずは、双子を授かるまで…に特に何があったというわけではないのですがガーン妊娠前のことから少しづつ書いていこうと思います。