不思議な命題。「好きな人を撮ると美しく撮れるということ」
しかしこれは真理であり出来上がった画を見てみれば如実に伝わってくる。私はアマチュアだ。まだ。お金も稼げない。しかし自分が愛していたり好意的な感情を抱いている対象を美しく撮る自信はある。
好意ではなくとも、敬意、そして少しでもその人を吸収したいと思えれば、愛の行為としての撮影は上手くいくと思う。また、表層的な美しさを掬いあげるための撮影(した事ないけれど)ならば、ごまかしが効くかもしれない。
しかし自分が対象に心酔しているだけ、もしくは対象が人間でなくても風景や自然物に対して陶酔しているだけでは作品は成立しない。対象に対して一定の距離がないと、必ず企画は破綻してしまう。愛や感情がごちゃ混ぜになってしまった結果、独り善がりになってしまい、チームとしての作品は成立しないし、一人で抱え込んでいる負担が大きすぎる。かといって、自分の全く興味のない対象を追いかけ続けるなんてことは到底不可能である。対象を愛する主観的な自分、そして対象やそれを見つめる自分を冷たい目で見つめる自分の両者が必要になってくる。