6月25日、 23w3d


大部屋にひとり(個室状態)になって数日。



ここ最近は特に変わらない日が続いていました。

続いていたと言っても、2日間くらいの事ですけどねあせる

ここでは一日一日がとっても長いんです。


家族(とくに旦那さん)がお見舞いに来てくれている時だけが、心休まる時でしたクローバー



そういえば、

この前、仲良くなった看護師さんにシャンプーしてもらいながら、

「せめて26週までは持たせたいよねー」って言われたんですが、

なんで26週なのかというと、この週を超えてくると、

その後の目の成長具合が、だいぶ変わってくるらしいです。


ま、私はこの時、

「26週なんて言わないで、もっともっと先を目指してるんだけどー!」

って言いたかった。

でも、看護師さんたちの中では、やっぱり限界って思われてるのかな・・・

そう察してしまいました・・・汗




まぁ、そんなこんなで6月25日。

朝おきたら・・・・・

ベッドにかなりの大量出血しててビックリしました・・・ダウン


この日はちょうど仲良しの看護師さんが担当。

ベッドの出血を報告したけど、やっぱりプロなんだな。

全然動揺した様子もなく、

「おー、大丈夫、大丈夫。じゃあ、シーツ取り替えちゃうね」って。


そんな風に「大丈夫」って言ってくれると、

ほんとに”大丈夫かも”って気になってくるけど、

やっぱり大丈夫じゃないよねガーン




その後すこししてからだったかな。

やっぱり多めの出血だったこともあり、

念の為、先生に見てもらおうってことになりました。



そしたら、先生から

「このまま点滴を入れていても、いつかは出てきてしまうと思います。

点滴をやめて、産む方向に切り替えましょう。」

って言われてしまいました・・・。


かなりの出血だったし、嫌な予感はしていたけど、

突然の事だったので、やっぱり動揺しました。

「いつかは出てきてしまう」って

そりゃいつかは出てくると思うけど、それを保たせるために点滴してるわけだし、

その「いつか」が数日でも先になればって思って頑張ってるのに・・・。


そう思ったのですが、

先生たちの言う、「いつか」っていうのは、

この先いつか訪れる「いつか」ではなく、

「今日.明日にでも」っていう意味だったらしい。


診察してくれた先生だけの意見ではなく、

この診察をする前に、すでに他の先生・看護師さん、

みんなで考えた最良の決断らしかった。


たとえば、

夜中の当直(当番)だけの、人数が限られた中での出産になるよりは、

思い切って点滴をやめて、出産が日中になるようにして、

設備も人も万全の状態で、出産を迎えたほうが、

リスクが少ない。


そういう事でした。




数時間でも長く、お腹の中に入れておきたい・・・。


でも出産が夜中に当たってしまったら・・・・。

それも困る・・・。


今日出産になったら、NICUの一番腕のいい先生が当直してくれるという。

(後になって分かったことですが、NICUの当直医師は一日につき一人だけなんです)




私は、産む決断をしました。


この病院の一日の日課は、Y病院ほど一日のスケジュールが細かくなく、

点滴付け替える以外は、午後はほとんどフリーな感じ。



この部屋(30週の人たちと同じ部屋)で何日過ごしただろう?

たぶん2~3日だったと思う。



Y病院の時と同様、極力動かないように頑張っていたんですが、

このS病院は、Y病院ほど患者には優しくなく、動ける人は自分で移動するのが当たり前らしい・・

診察室への移動も、車いすの用意はなく(最後の方は車いすで移動にしてくれましたが)、

点滴をカラカラ引きながら、自分でゆっくり移動。

診察室が微妙に遠い・・・ショック!

そして、トイレも微妙に遠い・・・ショック!

位置関係でいうと、この病棟の左端に診察室、右端にトイレ。その真ん中に私の病室って感じ。

しかも窓際だから、部屋の入り口までも歩くロスが・・・ショック!



まぁ、動いたから症状が悪化したというわけではないが、

(私の場合、寝たきりでもダメだったと思う)

また鮮血の出血が・・・。


臨時で先生(女)に診察してもらうことになりました。

結果は、「また少し子宮口が開いてきてる」との事。

動かないように必死で頑張ってるのに、それでも開いてきてしまう事にショックで、

先生に「動きたくないのに、トイレも遠いし(泣)」って泣きながら訴えました。


そしたらあっさり「この部屋(今の隣)空いてるなら、ここにしてあげて」って。

やったニコニコ言ってみるもんだな。

(たぶん部屋の関係は、看護師さんが仕事しやすいように仕切ってるんじゃん?きっと)


あとは、先生から「トイレも行くの大変なら、管つける?」っていう提案があり、

こんな状況なので恥ずかしさも全くなくなってたので(とにかくお腹の子のために動きたくない!)、

(管つけることは)痛くないっていうし、付けちゃいました!

ほんとに痛くなかったです。


24時間点滴をしているから、ほんとトイレが近くて。

でも動きたくないから我慢してて・・・。

これで動かなくていいと思うと、気分的にもラクになりました。


そんなこんなで、先生の指示通り、隣の部屋に移ることになりました。

大部屋だけど空室だったでの、私ひとり音譜

ある意味、個室ですニコニコ

とっても快適でした。

もう30週越した人たちの会話を気にすることもなくなりました。



ただ、とにかく泣かない日はなかったですしょぼん

2年前に子宮頸がんになった時は、「なんで私なの?」とは思いませんでしたが、

(がんになってしまった恐怖・不安はあったけど、「なんで私なのか」とは思いませんでした)

でも、今回の切迫流産・早産はさすがに「なんで私ばっかり・・・」って思いましたダウン



6月20日、22w6d 

S病院 2日目。



夫婦でよく考えた結果、母体を優先することにし、

24週以降でも基本的にはお腹を切らない方向でお願いすることにしました。

ま、病院的(先生的)には、お腹切りたそうな感じでしたけどねハートブレイク



もちろん、お腹の子は大切だけど、私が死んでしまったら元も子もないっていうか・・・

私が死んでしまったら、旦那さんひとり残されるわけで。

一番はもちろん、母子ともに元気で。

あとは、母親の感というか、お腹の子は絶対生きて生まれてくるっていう変な自信だけは

あったんです目




昨晩は分娩室のいっかくで一晩を明かしましたが、

とりあえず状態が安定してるという事で、病室に移動することになりました。


ここの病院は、Y病院と違って、基本的には大部屋しかないらしく、

個室にしたいか?等聞かれないまま、大部屋に案内されました。

個室が良かったけど、まぁ仕方ない・・・汗



私が案内された部屋は、6人部屋で(他の部屋も6人部屋)、

私が入った事で5人になりました。

私のベッドは窓際。

(この時は、景色が見れるから窓際で良かった~って思ってました)



私の向かいの列の廊下側の女の子は、お腹に双子ちゃんがいるようで、

結構前から入院生活を送っている様子でちょっと貫禄がある。お腹の子は30週後半かな?


その隣の子(向かいの列の真ん中)は、最近入ったばっかりみたいだけど、

30週前半。


向かいの列の窓際の人(私の真向かい)は、容体が安定したらしく明日一時帰宅。

もうすぐ出産らしい。


私と同じ列の廊下側の人は、30週前半。



この情報、全部勝手に耳に入ってきたもの・・・シラー



もともと、人見知りな私。

しかも自分ひとりだけ22週で、そんな30週越してる人たちと普通に会話できるほど

まったく余裕がなかった・・・



他の人だって、やっとの思いで30週を越した人もいるかもしれない。

でも、過去はどうあれ今は30週こしてるんだし。余裕でしょ?

(実際は違いますよ。30週越してたって、色んな心配あるだろうし、

他人には分からない部分はたくさんあると思う)

でも30週越した人と、まだ22週で、生きれるか生きれないか・・・っていうのでは

状況が違いすぎる。


私はカーテンを閉め切ってました・・



周りで楽しそうに、30過ぎた人たちの楽しそうな会話を聞いているのは辛かったですしょぼん

なんで、他の部屋にしてくれなかったんだろう・・・。

隣の部屋は空室なのに・・・。

もう少し配慮してくれてもいいじゃん・・・ そう思いました。