4/14(火)

19:50




母が




「お水」と言ったので




ベッドを起こしたけれど、覚醒しない様子なので、「飲まないの?」と訊くと、微かに頷いたようだったので、ベッドを降ろしました。




ここ2、3日、元気がないので、心配です。




「わたしの大事なダイヤモンドちゃん」と言って軽く抱きしめると、ちょっと嫌がっています。

(※わたしが勝手に「ダイヤモンドちゃん」と呼んで、わたしにとっては毒親なのですけれど、隙あらば抱き締めようとチャンスをうかがいます。母の反応は薄く、かつ、確かに嫌がっているか戸惑っています)




その後

母が

「何もすることがないから死にます」

と目をつぶったまま感情がないかのごとく棒読み調で言いました。




🌲  🌲  🌲




母は、これまでも、しばしば「死にたい」と言ってきています。

「死なせてあげたい」と思ってあげなくてはいけないのかもしれないと思いつつ、わたし的には、まだ生きていてほしいと思ってしまいます。

身体を昔のように自由に動かせないとしても、生きることの楽しさを見つけてくれたらと願わずにいられません。




今日は、新しい可愛いお椀で、かなり久しぶりにお味噌汁を美味しそうに飲んでくれたことがよかったことです。

母が好みそうな赤地にサクラを散らした持ち手のあるお椀を選びました。

母は、お椀を見たとき(お椀の可愛さに)一瞬目を輝かせ、小さく「おっ」と言ったような感じでした。




母もわたしも味噌汁は好きなのに、長い間、作ることをしなかったです。

先日、母が、「お椀があるでしょ?」や、味噌汁が飲みたいらしい意味合いの発言があったことから、この際、持ち手のあるお椀をネットで探して購入することにしました。




昔は、お鍋でいろいろな具を入れて味噌汁を作ることが好きでしたが、今回の味噌汁は、生味噌にお湯を注ぐタイプです。それでも、美味しくて、わたしも気に入っています。母は、具は食べにくいからか、面倒くさいからか、噛めないからか、食べませんが、彩りのために入れてあります。汁だけ飲んで、それで満足そうでした。

(具はもったいないので、後でわたしが食べました)




(2026/4/14/19:50記)