旅立ち


「僕はいろんな町を旅してみたいんだ。」


人々や動物が眠りにつき静まり返った中、

 

ささやきかけるような、それでいて 凛とした意志の強さを持った声が響いた。

月明かりがその主の姿を映し出す。十五、六あたりの年齢と思われる少年の姿。


「今までこれといった目的もなく、何ともなしに毎日を送ってきた。

将来の夢とかそろそろ考えていかなくちゃいけなくなって、正直迷ってた。」


誰に話すわけでもなく、少年はそう続けた。


「友達が次々と目標を持って、それに向かって頑張っている姿を目にしていながらも、

それでも自分が何をしたいのか分からずにいた。自分の事なのに決められずにいた。

何ていうか・・・、ピンと来なかったんだよな。現実味がないっていうか。」


目を細め、ゆっくりと思いを辿るように少年は話す。

自分の辿ってきた道を確かめるように・・・。


「実際に体験するのとしないのとでは、感じる度合いにかなりの差があるだろ?

 今までやって来たけど、これって結構大切な事だと思うんだ。

 だからさ、いろんなところへ行っていろんな事を体験してみたいんだ。

 その中で、『これだ!!』ってものを見つけたい。」


そこで少年はふと口を噤んで、そして柔らかな笑みを浮かべた。

 

その笑みの奥に一種の寂しさを含ませて・・・。


「慣れ親しんだこの町を離れるのは、僕としても心苦しいんだけどね・・・。」


そう言って少年は目を瞑った。


 家族の事ー。

 置手紙一つ置いただけで出てきてしまった僕を、父さんは怒るだろうか。

 母さんは泣くだろうか。まだ小さい妹は何も分からないまま僕の帰りを待つだろうか。

  それも仕方のない事かもしれない。けど、分かって欲しい。

  自分の思いをあますところなく、一字一字思いを込めて綴ったから。


 友達の事ー。

 今までに出会った沢山の友達。今までに何度助けられた事か分からない。

 楽しい思い出は二倍にして、悲しい思い出は半分にして、

 毎日ふさぎこまずにいられたのは君達がいたから。

 ありがとう。どこにいったって今までの思い出は絶対に忘れないよ。


 生まれ育った町の事ー。

 自然に囲まれたこの町が、僕は好きだった。

 町中を流れる川は僕達の格好の遊び場だった。真夏の暑い日はその川で泳いだり、

 またある時には釣りを楽しんだりもした。

 町を囲む山々では山菜が採れ、休みの日に山へ登ってはそれを採りに行って

 てんぷらなどにしてよく食べたものだ。

 また、その町並みは四季の移り変わりとともにその姿を美しく変化させる。

 その光景は僕の心の中に深く焼きついていて鮮明に思い出せる。


少年の頭の中を沢山の思い出が走馬灯のように横切っていく。

込み上げた熱い思いに涙がこぼれた。悲しみや寂しさから出た涙なんかではない。

もうすでに気持ちの区切りは前についている。

これは『今までありがとう。』と言う感謝の涙。


「もちろん、そんな簡単に考えていいものでもないって事は承知してる。

 けどここでは僕の夢は見つからなかったんだ。

 

 それに僕は少し厳しすぎる環境の中での方が

 気持ちがかきたてられていいかもしれないしね!」


涙を拭い、晴れやかに笑って少年は力強く手を振り上げた。


   「行ってきます!!」


町に背を向け歩き始めた少年を応援するかのように、

 

月の光が少年の行く道を照らし出す。


迷いが消え、以前より逞しくなった少年の体を

 

まだ知らぬ土地から吹く新しい風が優しく撫でていった。